■南烈「バスケットは好きか?」

 続いて、インターハイ初戦で湘北と対戦した豊玉高校のエース・南烈。流川の顔面にヒジ打ちを食らわせたシーンには、憤りを感じた人も多いだろう。

「エースキラー」と呼ばれる南は、相手チームのエースを負傷させ試合から遠ざけることで、勝利を確実なものとしてきた。それほどまでに南を勝利に固執させたのは、恩師であり豊玉をクビになった北野監督への思いである。“北野さんの教えであるラン&ガンで全国ベスト4になり、正しさを証明して豊玉に戻ってきてもらう”、それが彼ら豊玉メンバーの切なる願いだった。

 しかし片目を腫らしながらも懸命にプレイする流川の姿が、南の調子を乱す。恩師への思いと、罪の意識……葛藤した末に行き着いたのは「バスケットは好きか?」という北野監督の言葉だった。
「ゲームそのものを楽しむことを……」「もうずっと忘れとった気がする…」という言葉のあとの南は、まるで憑き物でも落ちたかのようにゲームに集中し、調子を取り戻す。

 結果的に湘北に敗れはしたが、ラスト2分、彼は久しぶりに純粋にバスケットを楽しむことができたのではないだろうか。

■“天上天下唯我独尊男”流川楓のパス

 一見、葛藤とは縁のなさそうな流川楓にも、苦しい時間と、それを乗り越えた経験があった。山王戦で見せたパスの選択肢が、まさにそうだろう。

 これまで周囲から“天上天下唯我独尊男”と言われるほど、1on1のプレイスタイルしかなかった流川がなぜパスを出す気になったのか……それは、高校界No.1と称される沢北栄治に手も足も出なかったからだ。

 試合の前に天才・仙道彰に「1対1もオフェンスの選択肢の一つにすぎねぇ」と言われていた流川は、その言葉をヒントに“パスを出す”という選択肢にたどり着く。

 それは決して沢北との勝負を捨てたわけではない。パスの選択肢が増えれば、ディフェンスに迷いが生じる。これにより、流川のプレイは沢北と同等にまで昇華された。さらに、流川のパスが湘北の追撃につながり、チームの勝利にも大きく貢献することとなった。

 あの安西先生も思わず椅子から飛び降りてガッツポーズするほどの、流川にとっても湘北にとっても、大きな転換点となった瞬間である。

 

 葛藤を抱え続けるのは非常に苦しく、それゆえ乗り越える前に手放す選択をすることもある。それもまた間違った選択ではないし、むしろそうする人のほうが多いかもしれない。大人になればなおさらだ。

 だからこそ、高校生の彼らが葛藤を乗り越えて成長する姿に、ここまで胸を打たれるのだろう。

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