神谷浩史「声優は受け身の仕事だからこそ応えなくてはならないし、過去を越えていかなくてはならない」彼が語る仕事論と最新アルバム『appside(アップサイド)』に込めた想いの画像
神谷浩史

 さまざまな声色でアニメ『進撃の巨人』リヴァイ役、『化物語』阿良々木暦役など人気キャラクターを演じる神谷浩史。彼が音楽活動を行なっている人気レーベルKiramuneでフルアルバムを出すのは、約11年ぶりのこと。13年間音楽活動を続けてもなお、ブレないプロフェッショナルな一面を、新作の想いを語るロングインタビューで聞くことができた。

■エレベーターで思いついた「appside」という造語

――神谷さんは、これまでミニアルバムはコンスタントに出されていますが、今回発売されるフルアルバムの制作は11年ぶりになりますね。『appside(アップサイド)』というタイトルはどういう意味でつけたのでしょうか。

 楽曲制作に関しては、これまでもずっとクリエイターの皆さんにお任せしているところが多いですが、タイトルだけは自分でつけるのがKiramuneレーベルの習わしなんです。今回は、サウンドディレクターから、「スマートフォンをモチーフに曲を集めてみたらどうか」というアルバムコンセプトを提案されて、それはおもしろいんじゃないかと。それで作られたのが、今回の10曲です。『appside』のアップですが、「up」ではなくアプリケーションという意味で「app」にしました。

――この言葉は神谷さんによる造語だったんですね。

 そうですね。これはエレベーター乗っているときにふと思いつきまして(笑)。「upside」という単語には、もともと“あべこべ”という意味があるのですが、チャンスや伸びしろという意味でビジネス用語として使われていたりするんです。いろんな意味にとれるこのタイトルがいいなと思って決めました。

――21年に発売された7枚目のシングル『BRAND NEW WAY』の頃に、「コロナ禍でのエンターテインメントを止めないようにというのが、制作のきっかけになっていた」というお話もありましたが、その間、現在に至るまで、エンタメが動いてるなと実感した瞬間はありましたか。

 ちょうど『BRAND NEW WAY』を発表した頃というのは、ラジオの仕事で週に1回、文化放送に通う以外は、すべての仕事が止まっていたんです。当時、プロデューサーと話して、エンタメが止まっていないということを伝えるために作ったのが「more than Zero」(『BRAND NEW WAY』収録)。東京タワーの近くにあるスタジオでMV撮影をしたときも、まったくエンタメが動いている感じがなかったですね。でも、イベントなどでお客様の前に立っているなというのは去年あたりから実感できています。昨年はKiramuneソロでライブもやらせてもらいました。ソーシャルディスタンスをとらなくてはならなかったため、客席は半分でしたが、それでも多くの方にリアクションをいただき、ありがたいなと思いました。

――収録曲の「Drive」は、昨年5月に行われたKiramuneのイベント「Fan×Fun Time2022」で初披露されていましたね。

 この楽曲が、今回、アルバムの中でいちばん最初にレコーディングした曲ですね。たとえば、地図アプリに行ったことのない住所を入れると、さっと表示されてそこへ行けるじゃないですか。この曲は地図アプリの利便性やコロナ禍での〝外に出たい〟という想いを楽曲にしています。疾走感のある曲で、アルバム先行曲としてはちょうどいい楽曲だなと思いながらレコ―ディングしました。体感したことのない曲だったので、リズムを合わせるのが難しくて。最初の音録りをしたときはぬめっとした印象の曲になってしまいました。この楽曲においては、もっと跳ねるように歌わないと成立しないんだなと思いましたね。

■神谷浩史とflumpool山村隆太の意外な共通点

――そのほか、アルバムの中でのチャレンジ曲というのは?

 どの曲も難しかったですよ。とくに「Day by Day」という曲は、8分の6拍子のリズムどりで、僕はいままでにやったことがなかったので、チャレンジでした。アルバム全体を通してみると、歌詞もユニークなものがあって、バラエティに富んだアルバムに仕上がったなと思います。

――さまざまなアプリケーションを意識した10曲ということですが、「Drive」以外の曲は、どんなアプリを意識しているのでしょうか。

「Day by Day」はメモアプリで、「HEART BEAT」は、スマートフォンを探す機能をイメージした歌ですね。「アサカゼ」は曲を作ってくれた指田フミヤさんの鉄道オタクの気持ちが込められた歌なんですが、乗換案内アプリをイメージしています。「しんこきゅう」は心拍数の健康管理をするヘルス系アプリです。「パラレルピンチョス」は、料理レシピなどの動画サービス。「モアライブラリ」は写真アプリ。「希望の渦」は、ボイスメモ。「ソーシャルネット・ワーカホリック」はその名の通りSNSアプリ。「Re-answer」はリマインダー機能ですね。

――表題曲の「希望の渦」は、flumpoolの山村隆太さんが作曲されています。

 山村さんに楽曲をお願いするというのはプロデューサーからの提案でしたが、実は僕と山村さんは、もともと知り合いなんです。アニメ「キャプテン・アース」や「かくしごと」で主題歌を担当していただいた縁もあって面識があって。山村さんと話して、ボイスメモをテーマにした楽曲を決めました。これは、僕と山村さんがたまたま同じボイストレーナーさんについていたのがきっかけです。ボイストレーニングの声をボイスメモで録って、あとで聞き直してというのを繰り返してトレーニングの成果を確認する。このアプリの活用法を、山村さんと共有できていたことが大きいです。

――「希望の渦」のMVを拝見しましたが、朝焼けの映像がきれいで印象的でした!

 演出を担当した河谷英夫監督が出してくださったアイディアのひとつに、「螺旋階段を上っていく」というのがあって。螺旋階段のロケーションも拝見させてもらって、そこがいいんじゃないかと決めました。

――螺旋階段を彷徨いながら登るシーンは、心の迷いのようなものが表現されていると思いました。

 今回のMVは、前に進んでいるのか進んでいないのか、そんな鬱屈とした気持ちを抱えた男が、それを吹っ切るように螺旋階段を上ると、朝焼けの屋上にたどり着いて、気持ちを新たにできるというコンセプトで作りました。それで、あの最後見えた景色というのは、本当の朝焼けなんですよ

――早朝ロケを敢行したんですね。

 そうです。撮影前は、夕景を撮ってそれを朝焼けにするという設定でスケジュールが組まれていたんです。ですが、撮影前日の昼頃に、翌日に台風が来て天気が悪くなるというのをニュースで知って、「早めに動いて、本当の朝焼けを撮ったほうがいいのではないか」と僕から提案させてもらいました。そうしたら、スタッフさんから「朝4時半集合になりますけど、いいですか?」と確認されたので、「ああ、いいですよ」と。

――前日に急きょ変更になったのですか!

 ええ。それで4時半に撮影現場に着いたんですが、その時点ですでにいい感じの朝焼けになっていて(笑)。スタッフさんたちも「神谷さん、すぐ撮りたいです!」って。その一瞬を逃さないように撮りました。その後、けっきょく台風は来なかったんですが。

――(笑)。ですが、本物の美しい朝焼けを観るたびに癒されます。

 映像を観ると、雲がふわーっと波のように見えるのですが、あれって、肉眼では見えなかった雲なんですよ。あらためて映像で見てきれいだなと。台風前の独特な雲が撮れたのはよかったなと思います。

――神谷さんの判断で奇跡が起きましたね!

 そういっていただけるとうれしいですが、僕の気まぐれでスタッフの皆さんに負担をかけて動いていただいてできた映像なので……。うかつに「早いほうがいいんじゃないか」なんて、いうもんじゃないなと思いました(笑)。ですが、みなさんの努力であの映像ができたことには感謝しています。ぜひ一人でも多くの方に観ていただきたいですね。

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