■行き過ぎた「愛」は狂気に変わる…『からくりサーカス』白金
人が生きていくうえで「愛」は前に進む活力を与えてくれるものだが、ときとして行き過ぎた「愛」が人の道を狂わせてしまう場合もある。『週刊少年サンデー』(小学館)にて連載された『からくりサーカス』に登場する黒幕も、そんな「愛」によって人生を狂わしてしまった存在だ。
作中ですべての元凶と言われる「フェイスレス」なる人物の存在が示唆されるが、その正体こそ本作の黒幕である白金(バイジン)である。作品世界のなかの「しろがね」と「自動人形(オートマータ)」の因縁の根幹を生み出した重要人物だ。
もともと、白金は兄である白銀とともに中国の小さな村で生まれたのだが、リンゴ売りの娘・フランシーヌに兄弟揃って心を惹かれていったことが、すべての始まりだった。白金は彼女への執着から「僕が最初に好きになった」と主張するが、それを振り払って白銀は彼女に告白し、そしてフランシーヌは受け入れてしまう。このたった一回の「失恋」が白金を狂わせ、フランシーヌを連れ去るという凶行にまで及んでしまった。
その後も、アンジェリーナ、エレオノールといった数々の女性に恋をするも、皆一様にほかの男に心を奪われていたことから、白金はことごとくそれらを奪うために暴走を続けていくこととなる。
白金は自身を「悪」とは思っておらず、むしろ「女性と結ばれない悲劇の主人公」とすら考えている。いわば究極の自己中心主義者であり、数々の激闘や悲劇の根幹が、彼の「失恋」によって始まったというのは、なんとも邪悪かつおぞましい悪役である。
偶然、失恋、因縁……どれも読者や視聴者の目線で見れば他愛のないことに見えるが、それが理由で世界を脅かす存在にまで変貌してしまったというのは、なんとも驚いてしまう事実である。
ほんの些細なことでも、歯車が噛み合っただけで、ときに人は道を踏み外してしまう生き物なのかもしれない。ある意味で、こういったささやかなことで凶行に及んでしまうのも、人間という生き物の「邪悪」な一面ともいえるのだろう。