1985年から漫画家としての活動を開始した矢沢あい氏。『天使なんかじゃない』『ご近所物語』『下弦の月』『NANA』など、数々の作品を世に送り出し、多くの女性たちに影響を与え続ける名漫画家だ。
彼女が描く世界には、思わず憧れてしまうような“居場所”が登場することが多い。おしゃれな部屋や、思わず仲間に入れてほしくなるような友人たち。今回はそんな矢沢あい作品に登場する憧れの生活を紹介していこう。
■おしゃれな部屋でルームシェア!『NANA』の707号室
2000年から『Cookie』(集英社)にて連載が始まった『NANA』。2009年から連載が休止しているが、13年経った今もなおファンが展開を待ち望む矢沢あい氏の名作のひとつだ。
パンクファッションに身を包んだクールな大崎ナナと恋愛依存気味の可愛らしい小松奈々は、上京する新幹線で運命的な出会いをする。意気投合し、ひょんなことからルームシェアすることになったナナと奈々。
そんな彼女たちが住んでいたのが「707号室」だ。川沿いに建つレンガ造りのマンションは、エレベーターもないレトロな建物。
ダイニングキッチンを挟んで左右に部屋がある2LDKの変わった間取りのこの部屋は、夏には花火も見えるロケーションで、お風呂は“猫足のバスタブ”というこだわりの内装。2人がよく集っていたダイニングにはナナが日曜大工で作ったテーブルとイスがあり、素人とは思えないような仕上がりで奈々を喜ばせたエピソードもある。
この707号室には彼女たちに縁のある仲間たちも集まり、楽しそうな宴会がたびたび開かれていた。
家族の愛情をあまり知らないナナにとって、明るく温かい人柄の奈々と過ごす707号室は大切な居場所となっていたが、奈々にとっても傷つくたびに帰ることができる“ホーム”のような居場所だったと思う。
おしゃれな部屋で気の合う友人とルームシェアをしながら暮らす……一度は経験してみたい青春の1ページではないだろうか。
■デザイナーの卵たちの作業場『Paradise Kiss』の隠れ家のようなアトリエ
おしゃれな部屋と仲間たちが登場する『Paradise Kiss』(祥伝社)にも、素敵な居場所が登場する。
デザイナーの卵である小泉譲二を中心に立ち上げられたプライベートブランドの「パラダイス・キス」。彼らが作業していた「アトリエ」が、まさにその“居場所”だ。
表通りから外れた細い路地にあるアトリエは地下にあり、階段を降りるとショッキングピンクの壁が印象的な入口がある。内装は軽食程度なら調理することができるカウンターと、なぜかビリヤード台があるという不思議な造り。
そのところどころにデザイナーの卵らしいおしゃれな装飾がされており、とくにトイレは驚くほど広い間取りで、ツタのようなものまで飾られているおしゃれな空間となっていた。
主人公の早坂紫はアトリエについて「中国雑貨屋でお菓子を焼いているような不思議な甘い匂いが立ちこめて」「ヒステリックな音楽が反響していた」と、表現している。これだけでも、初見の人間では立ち入りにくい場所であることは明確だろう。
抜群のスタイルと容姿からパラキスのメンバーが出場するコンテストのモデルを務めることになり、受験勉強をしながら放課後はアトリエに通うようになる紫。
彼女はもともと母親の期待に応えるために勉学に励んでおり、“自分のやりたいこと”を見つけられずにいた。しかしパラキスの仲間たちと出会ってから自由に夢を追いかける彼らに影響され、少しずつ自分自身のやりたいことと向き合っていく……。
彼女の抱えていた葛藤は誰もが通る道だと思う。そんな大切な時期にまるで“秘密の隠れ家”のようなアトリエで仲間に出会い、大きな花を咲かせた紫の生活に思わず憧れてしまった読者も多いだろう。