■挑戦者は顔面蒼白…当時は未知だった罰ゲームの行方は!?

 第13回では、ニュージーランドのショットオーバー川を訪れ、当時の日本ではまだ知られていなかったバンジージャンプが罰ゲームとなった。

 足首に命綱を巻きつけて高所から飛び降りてスリルを楽しむバンジージャンプ。今でこそ広く知られ、安全性にも配慮されているが、1989年の放送当時は危険で怪しげな儀式にしか見えなかった。

 クイズ出題前から、罰ゲームの内容が分かっていたこともあり、挑戦者の口からは「ここでは負けられない」という声が飛び出したほどである。

 そしてクイズに敗れた挑戦者が罰ゲームに挑戦する際、番組MCの福留功男さんは緊張をほぐすように優しい声色で心境をインタビューしながら、容赦なくバンジージャンプで飛び降りる場所まで案内した。

 すると挑戦者は、あまりの緊張と恐怖によって顔面蒼白に。そして、いざ飛び降りるとなったとき、福留さんから「そこまで!」の声がかかる。「ウルトラクイズの罰ゲームはここまで」「これ以上やるわけないだろ」とドッキリであることを告げたのである。

 しかし、のちに『アメリカ横断ウルトラクイズ』の企画・構成を担当した萩原津年武氏は自身のYouTubeチャンネルにて、このバンジージャンプでの罰ゲームについて真相を語っている。本来はバンジージャンプに挑戦する罰ゲームを想定していたものの、当時の番組ADが恐怖のあまりロケハンを拒否したため、急遽ドッキリというかたちに変更したことを明かしていた。

 当時は、まだバンジージャンプが一般的ではなかったため、安全性を考慮しての措置だったようだが、バンジーの存在が広く知られる現在ならば容赦なく敢行されていたかもしれない。

■あわや国際問題に…!? あまりにも危険すぎた罰ゲームにまつわるハプニング

 第12回のイグアスでは、敗れた挑戦者が小舟で川を下って帰るという罰ゲームが課せられた。挑戦者は泳げないと訴えたが、当然容赦なく罰ゲームは行われる。

 しかし、現地はブラジル、アルゼンチン、パラグアイの国境付近である。舟を漕ぎ慣れていない挑戦者の舟が、アルゼンチンからパラグアイ国境の方に近づいてしまったところ、国境警備隊が威嚇射撃。あわや連行されそうになるという事態になった。

 番組スタッフが事情を説明してなんとか解放してもらえたそうだが、一歩間違えたら国際問題になりかねない緊迫した状況だったのである。

 ちなみに福留さんは、この出来事を番組のドッキリだと思っていたようで、連行される際も極めて冷静にレポートをしていたのが印象的だった。

 また、第15回のヨークタウンでは、敗者2人がプロレスラーのルー・テーズとプロレス勝負をさせられるという罰ゲームがあった。

 当時70歳を超えていたとはいえ、「鉄人」と呼ばれた伝説のレスラーだ。挑戦者は20代の若者だったが、まともな勝負にならないのは明らかで、かなり手加減をされていた。

 しかし、挑戦者の1人が隙をついてルー・テーズの足を取り、ダウンさせてしまったことで状況が一変。ルー・テーズを本気にさせてしまい、レフェリーストップがかけられる事態に。当時の番組MC・福澤朗さんも「マジで危なかった」と口にするほどであった。


 ウルトラクイズの罰ゲームが印象深いのは、番組が「敗者が主役」と打ち出していることも理由の1つと思われる。クイズ番組でありながら、挑戦者個人にスポットを当てるドキュメンタリーの側面を持つ番組だからこそ、敗者にフォーカスされる罰ゲームに力が入り、視聴者の胸にも刻まれたのだろう。

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