7月24日に公開されて以来、大きな注目を集めているアニメ映画『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』。今回映画化された「島編(セイレーン編)」は、2023年3月から11月にかけてXにて投稿されたもので、ファンの間でも非常に人気が高い。謎の島を訪れたちいかわ一行が、予想もしない大きな戦いに巻き込まれていく長編エピソードだ。
ちいかわたちのかわいらしい見た目からは想像できない“業が深い”展開もあり、映画を見た人からは「こんな話だとは思わなかった」「命について考えさせられる」「じゃあどうすればよかったのか」「答えが出ない」と話題を呼び、SNSでは考察なども盛んに行われている。
今回の映画は、子どもたちが気軽に楽しんでいる一方で、大人のほうが強い衝撃を受けている印象だ。この映画をきっかけに、『ちいかわ』に対するイメージが変わったという人も多いだろう。
その映画では苦い後味の残る展開が描かれたが、これが特別というわけではない。これまでの漫画『ちいかわ』の中でも、なんともいえない切ない展開が多く描かれている。今回はその漫画の中から、「怪異」との切ない交流回を紹介したい。
※本記事には作品の内容を含みます。
■ちいかわとカブトムシの交流
ちいかわたちは、ふだん労働で日銭を稼いで生活している。その中でも「討伐」という仕事は、キメラと呼ばれるさまざまな姿の敵を倒すというもので、難易度が上がるほど報酬も上がる。
以下、これらの敵のことを便宜上、怪異と呼ぶこととする。怪異たちは基本的にはちいかわたちと仲良くならないはずだが、ちいかわはかつて「カブトムシ」と交流を深めたことがあった。
ある日洞窟で出会った後、ちいかわの家に着いてきてしまったカブトムシ。自分に懐いてくっついてくるその小さな姿に、ちいかわも母性本能をくすぐられたのか、いつも一緒に行動するようになる。
しかし、歯が生えてきたカブトムシがハチワレを噛んだあたりから、不穏な空気が漂い始める。鎧さんにも「擬態型(一見友好的だが危険)」ではないかと疑われるも、みんなに茶菓子を振る舞う姿から一度は「友好型(危害がない)」と判断されたカブトムシ。
安心したちいかわが、カブトムシを抱きしめたのも束の間、その体は一瞬で成長して筋骨隆々のマッチョになり、ちいかわたちに襲いかかるのだった……。
結局あれほど一緒に過ごしたカブトムシは敵であり、そのままどこかへ飛んでいってしまう。後日、ハチワレの前で気丈に振る舞うちいかわだったが、家に帰ると1人涙を流すのである。
カブトムシと一緒に過ごしている時のちいかわの幸せそうな姿を思うと、なんともやるせないエピソードである。
実は、映画の中では省略されていたが、漫画の「島編(セイレーン編)」ではちいかわがカブトムシのことを思い出すシーンがあった。いまだに忘れられないほど、ちいかわにとってカブトムシとの時間はかけがえのないものだったのだろう。
■ちいかわとは違う道を行った「あのこ」
また、ちいかわの元同僚が怪異になってしまった回もある。ちいかわの作中には、モフモフの大きな体を持つキメラ(通称「あのこ」)が登場するが、その正体はちいかわと一緒にシール貼りの労働をしていた同僚であることが匂わされているのだ。
ちいかわと同僚は、仕事の休憩にオフィスグリコ(カエル貯金箱の口にお金を入れてお菓子を買う置き型販売サービス)で買ったお菓子を交換したことをきっかけに仲良くなる。おそろいのピンクパジャマの話で盛り上がる場面もあり、気の合う友人になれそうな気配は十分あった。
しかし、それからしばらく経ったある日、大きな討伐に行ったちいかわたちは、「あのこ」に遭遇する。圧倒的な強さに歯が立たず絶体絶命かと思われたその時、「あのこ」は目の前を横切ったカエルにハッとして、ちいかわの顔を見ながらカエルを指さすのだった。突然の謎の行動に、一体何が起こっているのか分からないちいかわだったが、結局「あのこ」には襲われず無事に帰ることができた。
それと時を同じくして、ちいかわの同僚はシール貼りの仕事に姿を見せなくなっていた……。
一連の謎の展開は、「あのこ」となった同僚が、ちいかわにオフィスグリコのことを伝えようとしたようにも受け取れる。もしかしたら、友だちだったから見逃してくれたのかもしれない。もしそうだとすれば、ちいかわが相手の正体に気付いていないのがなんとも切ないが……。
しかしその後、「あのこ」がかつての弱かった自分を思い出しながら、他者を蹂躙できる力を手に入れたことを喜んでいるような姿も描かれた。「あのこ」は、自らの意思でそちら側の生き方を選んだのである。キメラになった原因は分からないが、少なくとも後悔はしていないように見える。
実はこのシーンは、ちいかわが選んだ生き方と対照的な構図になっている。実はちいかわも、木彫りの人形が原因で妖精のような姿になりかけたことがあり、その時特別な力を手に入れた自分と元の弱い自分を比較していた。
そのときちいかわは、ハチワレやうさぎと過ごした楽しい時間を思い浮かべ、「元の自分に戻ること」を望んでいる。「あのこ」が「誰より強く生きていくこと」を選んだのとは正反対だ。仲良く一緒に生きていけるはずだった同僚同士は、こうして完全に道を違えてしまったのだ……。
この他にも、『ちいかわ』にはじっくり読めば読むほど深くて切ないエピソードがたくさんある。見た目のかわいさに惑わされず、あれこれ考えながら読み込むと、また違った魅力を感じることができるはずだ。


