1990年代に日本にバスケットボールブームを巻き起こした不朽の名作『SLAM DUNK』。連載終了から30年が経過した今もその人気は衰えることなく、多くのファンに愛され続けている。
本作を今、あらためて読み返すと、作者・井上雄彦氏が描いた戦術や選手像には、現代NBAで見られるトレンドを思わせるものが少なくない。当時はまだ一般的ではなかった発想が、時を経て世界最高峰の舞台で次々とスタンダードになっていったのである。
今回は、『SLAM DUNK』が時代に先駆けて描いた、現代バスケットボールにも通じる「驚きの戦術」を振り返ってみたい。
※本記事には作品の内容を含みます。
■センターなのに外から攻める!? 河田雅史が見せた規格外のプレー
現代NBAにおいて、アウトサイドからシュートを狙えるセンターは「ストレッチ5(ファイブ)」と呼ばれ、重要な存在となっている。この「ストレッチ」とは相手のディフェンスを広げることを指し、「5」はセンターのポジション番号を意味する。
デンバー・ナゲッツのニコラ・ヨキッチやフィラデルフィア・76ersのジョエル・エンビードに代表されるように、大型選手が3Pライン付近までプレーエリアを広げることで、相手のインサイド陣形を崩し、味方がインサイドに攻め込むスペースを生み出す戦術だ。
『SLAM DUNK』でこの役割を体現していたのが、山王工業高校のセンター・河田雅史だ。高校入学時に165cmだった河田は、わずか1年間で身長が25cmも伸びるという急成長を遂げた。その過程でガード、フォワード、センターの全ポジションを経験し、インサイドだけでなくアウトサイドの技術を兼ね備えた万能型の選手となったのである。
湘北高校との試合では圧倒的なパワーでゴール下を支配する一方、3Pライン付近までポジションを広げて攻撃を展開。ミドルレンジからのシュートや3Pシュートも放ち、たとえシュートが外れても自らオフェンスリバウンドを奪って得点するなど、万能ぶりを見せた。
河田がアウトサイドに出るたびに、ゴール下を主戦場とする湘北のセンター・赤木剛憲も外まで引きずり出され、慣れない守備対応を強いられることとなった。
この「相手センターをゴール下から引き離す」という発想こそ、現代NBAのストレッチ5が持つ最大の価値なのである。
■190cmの司令塔!? 仙道彰のポイントガード起用
かつてのバスケットボールでは、司令塔であるポイントガードは小柄な選手の役割というイメージが強かった。しかし、現代NBAではその常識が大きく変化し、200cm前後の大型選手がチームの司令塔を務めるスタイルが主流となりつつある。
206cmのレブロン・ジェームズのような「ポイントフォワード」や、201cmのルカ・ドンチッチのような「大型ハンドラー」は、そのサイズと広い視野を活かしてミスマッチを生み出し、攻撃の起点となっている。
作中で、この大型司令塔という発想が描かれたのが、陵南高校のエース・仙道彰だ。身長190cmの仙道は本来スモールフォワードだが、海南大附属高校戦では牧紳一対策としてポイントガードにコンバートされた。
ノーマークの味方を見つける広い視野、卓越したゲームメイキング、そして天性のパスセンス。そのすべての能力を存分に発揮し、仙道は司令塔としてチームをけん引。結果として試合には敗れたものの、王者・海南をあと一歩のところまで追い詰めたのである。
たしかに1990年代当時のNBAにも、マジック・ジョンソンのような大型ポイントガードは存在した。しかし、日本の高校バスケットボールの舞台で相手エースの対抗策として大型フォワードをポイントガードに起用するという田岡茂一監督の采配と、その役割を見事にこなした仙道の描写は、現代NBAにも通じる先進的な発想だったといえるだろう。


