樋口毅宏さんの新刊『なぜ本を読むのか、なぜ映画を観るのか、なぜ音楽を聴くのか――100年後、カルチャーの参考資料になる本』(POST)の刊行を記念した、装画を手がけた江口寿史さんとの対談。全3回の第2回をお届けする。
前回、江口さんは自身の「トレース問題」について語りながら、「もう、ああいう絵は描きたくない」という胸の内も明かした。第2回では樋口さんの「この状況は『江口寿史は漫画家に戻れ』という天からの思し召し」という言葉を受け、「いま描いている漫画」へと話が向かう。イラストの仕事の多くを失ったいま、江口さんは何を思って日々を過ごし、何を描こうとしているのか。
【第2回/全3回】
■「漫画家に戻れ」という天の声
樋口 先生、今のこの状況はね、「江口寿史は漫画家に戻れ」っていう天からの思し召しだと思うんですよ。
江口 僕はもう十年、二十年くらい漫画をまともに描いてないけど、だからこそ、「漫画家って本当に一番すごい仕事だな」と思うんです。イラストでも絵を描くことの快感は味わえるんですけど、やっぱりクライアントや消費者、つまり他者のためなんですね。一方で漫画は自分の世界を作るために絵を描く。そこが違うなと思います。
樋口 僕と高田さん(書籍『なぜ本を読むのか〜』編集者)が江口先生の事務所にお伺いして、今回この本の表紙をお願いしたとき、「いま実は漫画を描いてるんだよ」って仰ってましたよね。ある漫画家の方が原作の。あれ、いつでしたか?
江口 去年の12月です。
樋口 半年以上は経ちましたね。その後の進行はどうですか?
江口 それが、2枚しか進んでないんだよねぇ。
樋口 え! まだ2枚? 原作はあって、ネームまであるんですよね?
江口 ネームもいただきました。その方は漫画家なので、コマ割りもしてきてるんですけど、コマ割りは変えて描きます。なかなか進まないのは、前から頼まれてたイラストがまだ3個残ってるからで……。
樋口 「新規のイラストの仕事は全部なくなった」と言ってたのに、あるじゃないですか!
江口 以前からの依頼で、まだ僕のイラストを待ってくださっている方がいるので、それは本当に仕上げないといけないなと思っていて。
樋口 もちろんそうです!
■樋口の率直すぎる疑問「毎日、何をやってるんですか?」
江口 20年以上担当している雑誌の『リアルワインガイド』の表紙のイラストは今もやってますね。それと『フリースタイル』の連載エッセイか。今やってるレギュラーの仕事はそれくらいですよ。心は「早く漫画を」っていう気持ちなんですけど、正直もう少し時間がかかるかなと思っています。
樋口 2026年はもう半年終わっちゃいましたよ! 僕が10年くらい前、生前の長谷川和彦監督(『青春の殺人者』『太陽を盗んだ男』で知られる映画監督)に聞いたのと同じこと聞いていいですか? 江口先生、毎日何をやってるんですか?
江口 そう聞きたくなるでしょ? でも俺も、長谷川さんの気持ちがわかるの(笑)。
樋口 いくらなんでも長谷川和彦よりは働いてますけどね。ゴジ監督は30ちょいが最後の作品ですから。
江口 長谷川さんは理想が高かったんでしょうね。自分で自分の作品をジャッジしちゃうんですよ多分。「こんなレベルで俺の作品はできねえ」って。
樋口 もちろん映画は一人では作れないもので、人を集めたり予算を組んだりするのが大変なんだと思いますけど。
江口 それでいうと、漫画はつきつめれば一人でできるんです。
樋口 そうですよ!
江口 とはいえ漫画ってね、ほかのあらゆる生活を遮断しないとできないんです。他の人は、、まあ、出来る人もいるんでしょうけど、僕は出来ないですね。例えば子供の面倒を見ながら漫画を描くって大変じゃないですか。
樋口 それは小説も同じですよ。僕も書けるのは子供が小学校・保育園に行ってる日中と、家事を全部終えた夜だけです。
江口 それが出来てる樋口さんはえらいと思いますよ。僕は「子供が寝てから書く」というのができなくて、要するに子供が小さかった間は本当にろくに仕事が出来なかったんです。ですから子供二人とも独立した今では家庭の部分は全く切り離して仕事場にばっかりいるんですが‥‥‥
樋口 ですが‥‥‥?
江口 毎日の生活というか、自炊と家事をしているあいだに1日が終わってるんです。食器ばっかり洗ってる気がするんですよ(笑)。
樋口 先生〜! お住まいの吉祥寺はお店がたくさんあるじゃないですか! 先生の好きなラーメン屋さんも多いし。
江口 昼は外食でもいいと思うんですよ。でも外食ばっかりだと調子悪くなっちゃって、自分で適当な食事を作ってた方が体調いいんです。若い頃は食べることや睡眠の優先順位が低かったから無理できたんですよ。飯なんか3食外食でもカップラーメンでも寝なくても平気だった。でも歳とるとね、食と睡眠が雑になると、てきめんに体調に出る。自炊自体は嫌いじゃないんだけど、一人で作って一人で食って、片付けまですると、一日終わった気がするんですよね。
樋口 先生〜!
■集英社でカンヅメで描いていた青春期も「漫画にします」
樋口 いま考えると、江口先生が毎週15ページ描いてたというのは、信じられない奇跡の季節ですよね。パイレーツ、日の丸(『ひのまる劇場』)、ひばりくん……。
江口 集英社に泊まって仕事してましたからね。その頃は年中カンズメ状態で私生活を一切遮断できてたから良かったんですよ。
樋口 集英社でカンヅメになっていた頃の話も漫画にするって言ってたじゃないですか。青春期の『少年ジャンプ』の漫画家たちの逸話を。
江口 描きます。それは絶対描きますよ。
樋口 それ、メチャクチャ読みたいですよ!
江口 それを早く描くためにも、原作を用意してもらってる今の漫画を早く描かなきゃね。エロ漫画なんですけど、初めてのジャンルで色々と苦戦していて。
樋口 でもまだ2ページって……。合計32ページですか?
江口 いや、20ページです。超短編です。
樋口 まだ10分の1! どこに載るんですか?
江口 まだ明確には決まってないんですけど、弘兼(憲史)先生のエロに対抗したいなぁ。あのくらいのベテランでちゃんとエロに向き合ってる漫画家さんって弘兼先生くらいじゃないかと思って。
樋口 70過ぎてからのエロにね。その漫画読みたいなぁ。あと美人画も描き続けていただきたいし。
江口 漫画を描くようになると、たぶんイラストの仕事はほとんどできなくなるので、今は逆にそれがいいのかな、という気もしてます。
樋口 両立できたのって先生ぐらいじゃないでしょうか。イラストか漫画か、どちらかに専念しないと無理なんでしょうね。線の太さとかも全部変わるから。
江口 イラストが漫画の息抜きとして存在していた時期もあったんですが、「イラストのほうが本当の仕事」みたいな状況になってからは、描くのがキツくなってきたかもしれないです。でもまあ、いま描いている漫画も、樋口さんが生きている間には多分読めますよ。
樋口 そういう話を聞くと、『ぴあ』(『Weeklyぴあ・関東版』)に1ページの連載(『キャラ者』)が続いてた時期ですら奇跡に思えますよ! その今描いているエロ漫画も1ページずつでいいから、どこかの媒体に連載してくださいよ。毎号買って切り取って、ファイルに集めて20ページにしますから!

【書籍情報】
樋口毅宏『なぜ本を読むのか、なぜ映画を観るのか、なぜ音楽を聴くのか ――100年後、カルチャーの参考資料になる本』
出版社:POST
発売日:2026/5/28
値段:2200円(税込)
ブルーハーツ、山下達郎、長渕剛、エレファントカシマシから、北野武、とんねるず、松本人志、村上春樹まで、日本のカルチャーを「サブカルの語り部」樋口毅宏が忖度ぬきで書き尽くした一冊。小山田圭吾や小西康陽との対談も収録。表紙は江口寿史の描き下ろし。
「極私的No.1ギャグ漫画『すすめ!!パイレーツ』とは何だったのか」と題した江口寿史論、装画獲得の顛末を綴った「実録・私はこうやって江口寿史から原稿を取りました」、対談中にも登場した「幸福な嘘八百 プロレススーパースター列伝」といったコラムも収録されている。
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