■金のためなら人間であることも捨てる?『宝の下駄』

 次に紹介するのは、人間の尊厳よりも金を選んだ男の悲惨な末路が描かれたエピソード『宝の下駄』だ。

 昔、貧しくも親孝行な少年が、突然現れた仙人から不思議な下駄を授かる。それは“履いて転ぶと小判が1枚出るが、その代償として背が縮む”という、大きなリスクを伴う宝物だった。少年は母親の薬代やお正月の準備のために3回だけ転んで小判を手に入れ、その後は下駄を神棚に大切に祀った。

 しかし、これを聞きつけた欲深い権三おじさんが、無理やり下駄を借りていく。権三は自身の屋敷の庭に大風呂敷を敷き、その上で下駄を履いてわざと転び始めた。「転べば金になる」という欲望に取り憑かれた権三は、笑いながら何度も何度も転び続けるのだ。

 こうして小判の山が築かれる一方で、権三の体はどんどん小さくなっていく。それでも彼は転ぶことを止めず、最後には人間としての姿を保てなくなり、1匹の小さな虫になってしまった。この虫は「ごんぞう虫」と呼ばれるようになったという。

 金持ちになりたい一心で自らの体を削り、最後には人間であることさえ捨てて虫に成り果てるという衝撃的な結末。だが、もしも自分が下駄をもらったら、権三と同じように欲張って何度も転んでしまうかもしれない……。このエピソードは、際限のない物欲がいかに人間を破滅させるかを描いており、現代の金儲け主義に警鐘を鳴らす作品ともいえるだろう。

■嫌がらせが招いた皮肉な結末『天福地福』

 最後に紹介するのは、悪意が意図せぬ結果を招く皮肉なエピソード『天福地福』だ。

 あるところに、2組の貧しい老夫婦が住んでいた。その年の正月、正直者の爺さんが“天から福を授かる”という夢を見る。それを聞いた隣の欲張りな爺さんは、対抗心から“自分は地から福を授かる夢を見た”と嘘をついた。

 後日、正直者の爺さんが耕した畑から、大判小判が入った壺が出てくる。心優しい正直爺さんは“これは地から出たものだから、夢のお告げ通り隣の爺さんのものだ”と、その壺を欲張りな爺さんに譲る。

 喜んだ欲張りな爺さんが壺を開けると、中に入っていたのは小判ではなく、無数の不気味な蛇であった。“騙された!”と激怒した欲張りな爺さんは、正直者の爺さんの家の屋根に登り、天窓からその蛇をバラバラと投げ込む。しかしその瞬間、落下した蛇たちは再び黄金の小判へと姿を変えるのだ。正直者の爺さんは“天から福が降ってきた”と喜び、大金持ちとなった。一方の欲張りな爺さんは貧乏なままで終わるという結末である。

 相手を陥れようとした悪意が、皮肉にも相手を幸福にする決定打となってしまうこの物語。自分の心が汚れていたせいで宝が蛇に見えたのか、あるいは神様の悪戯なのかは分からない。いずれにせよ、他人への嫌がらせは決して良い結果にはつながらないという教訓が示されている。

 

 今回紹介した昔ばなしは単なる脅かしではない。人は欲のままに行動すれば、いずれ必ず痛い目に遭うことを示唆している。そうした教訓を、子どもにも分かりやすく伝えてくれるのが『まんが日本昔ばなし』の魅力の1つである。

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