■チームを勝利の影で支える「実務能力」

 彩子は精神面だけでなく、実務面でも湘北にとって欠かせない存在だ。湘北のマネージャーは彼女ただ1人。練習の準備、用具の管理、選手の応急手当まで、そのすべてをひとりでこなし、選手たちが試合に集中できる環境を整えている。

 特に、選手の怪我に対する見立ては群を抜いて的確だ。神奈川県予選決勝リーグ・海南大附属戦で描かれた「いいからテーピングだ!!」の名場面。

 湘北キャプテン・赤木剛憲がこの言葉を放った相手こそ彩子であり、彼女の処置があったからこそ赤木は再びコートに立つことができた。あの激しい攻防の中、湘北の希望をつないだのは間違いなく彩子の冷静な応急手当だったと思う。

 また、決勝リーグ・陵南戦では、倒れ込んだ三井を“脱水症状による脳貧血”と瞬時に見立て、的確に状況を判断。さらにインターハイの山王工業高校戦では、花道の背中の異変に気づき、迷わずベンチへ下げるよう促している。「選手生命にかかわるわよ…」という冷静な一言に、マネージャーとしての彩子の覚悟を感じた。

 試合の熱狂に流されることなく、選手の身体のケアを優先する。その冷静さと判断力は、完全に現場のプロフェッショナルである。彩子がいなければ、お世辞にも選手層が厚いとはいえない湘北は、最後まで万全の状態で戦い抜けなかっただろう。そう断言したくなるほど、彼女はチームを影で支える大きな存在だった。

■宮城リョータを奮い立たせた「神対応」

 宮城は初登場の頃から、彩子に一途な想いを寄せていた。彩子もそれに気づいていなかったはずはない。それでも、期待を持たせて揺さぶったり、逆に拒絶して彼の心を折ったりすることはしない。落ち込めばそっと寄り添い、迷いが見えたときは軽く背中を押す。甘やかすでも、突き放すでもなく、常に真正面から向き合ってきた。その距離感の巧みさこそが、彩子を「本物のイイ女」たらしめる最大の理由ではないかと思う。

 その象徴的な場面が、インターハイの山王戦でのワンシーンだ。

 後半開始早々、山王のお家芸であるオールコートプレスが火を噴き、深津一成と高校No.1プレイヤー沢北栄治による最悪のダブルチームに宮城は完全に捕まってしまう。湘北の2点のリードは瞬く間に16点差のビハインドへと変わり、チームは窮地に陥った。だが安西先生は、それでも宮城1人に突破を託す。

 その采配には、宮城自身も動揺を隠せなかった。その瞬間、彩子が声をかける。「手ェ出して」と。差し出された宮城の掌に、彩子はペンで「No.1ガード」と記した。

 “イイ女”には、長い励ましも涙の説得も必要ないのだろう。このひと言で冷静さと自信を取り戻した宮城の表情は一変。そこから試合の流れが反転し始めたのだった。

 なお、この場面は映画『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年公開)でも屈指の名場面として描かれている。原作でも映画でも、宮城を再び立ち上がらせたのは、この彩子の“神対応”だった。

 

 最終回、インターハイが終わり、湘北の新体制が描かれる場面。新キャプテンとして歩み始める宮城の傍らには、変わらずマネージャーとしてチームを支える彩子の姿があった。

 彩子は、家族構成も名字も明かされず、彼女に焦点が当てられるエピソードもほとんどない。それでも読者の心に深く刻まれるのは、面倒見の良さ、ここ一番で前に出る度胸、確かな実務能力、そして人と誠実に向き合う姿勢。そのすべてが“本物の魅力”として伝わってくるからに他ならない。

 派手な脚光ではなく、人としての強さで輝きを放つ。コートには立たずとも、湘北にとって欠かすことのできない存在、それが彩子という人物なのである。

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