■過酷な環境で寄り添い生きた悲しき兄妹「堕姫&妓夫太郎」
「遊郭編」で登場した上弦の陸・堕姫と妓夫太郎もまた、悲しい境遇の元に生まれた鬼だ。
遊郭で生まれた妓夫太郎は、生まれる前から何度も母親に殺されそうになりながら生き延びてきた。鼠や虫を食べて空腹を凌ぐ毎日だったが、妹の梅(堕姫)が生まれてからは、彼女の美しさが妓夫太郎の誇りとなり、取り立て屋として生計を立てていく。
しかし、梅が13歳になった頃、客の侍に無礼を働いたことで生きたまま焼かれるという凄惨な仕打ちを受ける。そして、妹を助けようとした妓夫太郎もまた、瀕死の重傷を負ってしまう。
死を目前にした兄妹の前に現れたのが、当時上弦の陸だった童磨だ。彼の血を与えられて鬼となり、生き延びた2人。鬼になってからは、梅は堕姫と名乗り、遊郭に潜伏して多くの人間を喰らい、実力をつけていった。
「ずっと一緒だ」という約束を交わした堕姫と妓夫太郎は、同時に頸を切らなければ死なないという特性を持っていた。対峙した炭治郎と嘴平伊之助、我妻善逸、そして音柱・宇髄天元は、激闘の末、2人の頸を斬ることに成功。ボロボロと体が崩れる中、堕姫と妓夫太郎は人間だった頃の記憶を思い出していた。
思いを巡らす中、妓夫太郎は“梅は自分とは違って明るい未来があったのではないか”と心残りを明かす。自分が育てたせいで不幸にしたと悔やむのだ。
地獄へ落ちる間際、彼は梅だけでも光の差す方へ行ってほしいと願うが、梅は“離れたくない”と泣きじゃくり、2人は共に地獄へと歩みを進める。
2人きりで生きてきて、何があっても離れないと誓い合っていた梅と妓夫太郎。「何回生まれ変わってもアタシはお兄ちゃんの妹になる絶対に!!」という言葉は、彼らの絆の深さを物語っている。
そんな2人が求めていたものは、ただずっと一緒に幸せに暮らすという、ささやかな願いだったのだろう。懸命に生きていただけなのに、理不尽に命を狙われ、生きるために鬼になった兄妹。彼らの痛みを思うと、胸が締め付けられてしまう。
人間を殺し、喰らう凶悪な鬼たちだが、彼らも元は人間だ。作中で語られる彼らのエピソードを見ると、そのほとんどが過酷な環境や恵まれない境遇の果てに鬼になっていることが分かる。
鬼たちが欲しかったもの——それは、家族の絆や平穏な暮らしといったささやかなものばかりであった。それがどうしても手に入らなかった彼らの境遇を思うと、やるせない気持ちになってしまう。
7月に公開された劇場版2作目『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』では、上弦の参・猗窩座と炭治郎、義勇による死闘が描かれている。猗窩座は、劇場版1作目である『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』で炎柱・煉獄杏寿郎と戦った鬼だが、彼もまた紹介してきた鬼たちのように、悲しい過去を持っていることが明かされた。
人間だけでなく、鬼たちのそれぞれの物語にも深く焦点を当てている『鬼滅の刃』。単なる勧善懲悪ではない、物語の奥深さを感じられる作品だと改めて思う。


