吾峠呼世晴氏による『鬼滅の刃』は、主人公の竈門炭治郎が家族を鬼に殺され、唯一生き残った妹も鬼に変えられてしまうという絶望的な状況から物語が始まる。突然家族を奪われた悲しみを抱えながらも、妹を人間に戻すため、命懸けで鬼と戦う炭治郎の姿が見る人の心を掴んで離さない。
本作では、人間にも鬼にもさまざまなストーリーがあり、時には鬼の悲しい過去に胸を打たれる場面も少なくない。彼らは鬼の始祖・鬼舞辻無惨に血を与えられたことで“鬼化”し、以降は強さを求め、何百年と生き続けながら人間を喰らってきた。しかし、実は鬼たちが本当に欲しかったものは、決して強さだけではなかったことが明らかになっていくのである。
そこで今回は、作中に登場する鬼にスポットライトを当て、彼らが強さよりも欲していた“たった1つのもの”を紹介しよう。
※本記事には作品の内容を含みます
■無邪気な子どものように“遊び”を求めた「朱紗丸」
「竈門炭治郎 立志編」にて、浅草で鬼舞辻無惨と遭遇した炭治郎。その後、無惨は炭治郎を始末するため、朱紗丸と矢琶羽という2体の鬼を差し向けた。
手のひらに目を持つ男の鬼・矢琶羽と、毱を武器とする童女のような姿の朱紗丸は、珠世の屋敷に身を隠していた炭治郎を襲撃した。
見えない“矢印”で対象物の動きを操る矢琶羽の血鬼術「紅潔の矢」と、建物を破壊するほどの威力を持つ鞠を操る朱紗丸に炭治郎たちは苦戦する。しかし、鬼である愈史郎や竈門禰󠄀豆子の参戦もあり、矢琶羽は「水の呼吸 弐ノ型・改 横水車」によって撃破され、一方、朱紗丸も珠世の血鬼術「白日の魔香」の効力で自白した結果、無惨の呪いによって自滅する。
呪いで肉体が崩壊していくなか、「ま…り…」「遊…ぼ… あそ…」と呟きながら消滅する朱紗丸の姿に、炭治郎は「救いがない……」と心を痛めている。陽光によって消滅した鬼は骨すら残らない。多くの人間を喰らった報いとはいえ、そのあまりに切ない最期の姿は、同情を誘うものだった。
朱紗丸は当初から、戦いを“遊び”と言っていた。彼女にとっては命懸けの戦いすらも、“遊び”であり、炭治郎を“遊び相手”と認識していたのだろう。
矢琶羽に比べて行動や言動も幼く、短絡的だった朱紗丸。実は彼女が持っていた鞠は、人間だった頃に父親に買ってもらったものだったことが、公式ファンブック『鬼殺隊見聞録』にて明かされている。
朱紗丸が鬼になった経緯は不明だが、かつては父に買ってもらった鞠をついて遊ぶのが好きな少女だったのかもしれない。鬼になってもなお、遊び相手が欲しかった朱紗丸。まるで幼い子どものような鬼の願いは、叶うことはなかった。
■“本物の絆”を探していた「下弦の伍・累」
「那田蜘蛛山編」での戦いで、炭治郎に立ちはだかった下弦の伍・累。鬼を寄せ集めて“偽りの家族”を作っていた累は、“家族の絆”に異常な執着を見せていた。
累は戦闘能力の低い鬼に自らの血を与え、自身の能力を共有させていた。これは無惨のお気に入りだった累だからこそ許されている方法であり、これにより下級の鬼たちでも多くの鬼殺隊士を殺せるほどの能力を得ていたのである。だが、その支配は恐怖によるものであった。累の要求や命令に従わない鬼には容赦なく、時には蜘蛛の糸で吊るして陽光に当てるなど、凄惨な方法で制裁を下してきた。
人間だった頃の累は病弱で、少しの運動でも息が切れてしまうような体だった。外出もままならなかった累の元へ無惨が現れ、彼を鬼に変える。両親は人間を殺して喰らうようになった息子に絶望し、彼を殺して共に死のうとした。だが、それを累に返り討ちにされ、亡くなっている。
かつて累は、自分の子どもを守るために死んだ親の話に深く感動し、その絆こそが“本物の絆”だと信じ込むようになった。しかし、死の間際に母親が言った「丈夫な体に産んであげられなくて…ごめんね……」という言葉、自分を殺そうとした父が、その後で自分も命を絶とうとしていたことを思い出す。自らの手で“本物の絆”を壊してしまった事実に、彼は絶望することになるのだ。
それ以降、累は“本物の絆”を探し求めて偽物の家族を作り続けた。炭治郎と禰󠄀豆子の兄妹の絆を目の当たりにして禰󠄀豆子を手に入れようと戦うも、駆けつけた水柱・冨岡義勇によって頸を切られ、敗北する。
消滅していく中、「毎日毎日父と母が恋しくてたまらなかった」という累の悲しい叫びに心が痛む。彷徨いながら炭治郎の側に倒れた時、温かい手で背中をさすられて全てを思い出す。そして最期に父と母の魂と再会し、和解を果たすのだ。それが、唯一の救いだった。
病弱な体に生まれたことで無惨の甘い言葉に乗ってしまった累。選択を間違えたことに、今際の際に気付けた累の魂が、安らかであることを願わずにはいられない。


