医療漫画の不朽の名作、手塚治虫さんの『ブラック・ジャック』といえば、無免許の天才外科医、ブラック・ジャックが法外な報酬と引き換えに神業のオペで患者を救うイメージが根強いだろう。
確かに作中でブラック・ジャックは何千万円、時には億を超える報酬を要求している。時には無料で治療する気まぐれを見せることもあるが、基本的には高額な報酬で莫大な資産を築いており、その総額は100億ドルともいわれている。
はたして、患者から受け取った高額な報酬をブラック・ジャックは何に使っているのだろう。本作には、その答えの一端が垣間見えるエピソードがいくつかある。
そこで今回は、あこぎに稼ぐ無免許医、ブラック・ジャックのお金の使い道を追ってみよう。
※本記事には作品の内容を含みます
■美しい自然を残すために…「宝島」
コミックス11巻収録「宝島」では、まさに「ブラック・ジャックが稼いだ金をどうしているのか?」という疑問に焦点を当てたエピソードが描かれている。
彼の莫大な財産に目をつけた悪党に捕まったブラック・ジャックは、拷問の末に沖縄のとある島の存在を白状する。大金が眠る文字通りの「宝島」を訪れた悪党たちとブラック・ジャックだが、そこには豊かな大自然と、とある1人の看護師が埋葬された墓があるだけ。お目当ての大金はどこにもない。
さらに、悪党たちに猛毒を持ったハブが襲いかかり、リーダー格の男が命を落とす事態に。混乱する生き残りの者たちに、ブラック・ジャックは「この島に金なんかありはしない」と真実を伝える。
「気がつかなかったのか こんな美しい自然の残っている島はめずらしい」
「永遠にこの自然を残そうとあちこちの島を買った この島もそのひとつだった」
ブラック・ジャックが治療で稼いだ報酬を自然保護に使っていると明かされた、この貴重なシーン。失われれば二度と戻らない生命の大切さを信じている彼だからこそ、文明に破壊され減っていく自然の美しさに感じ入るものがあるのだろう。100億ドルといわれる資産があれば、どれだけの自然を保護できるのだろうか、想像もつかない。
このエピソードは、ハブに噛まれて絶体絶命の悪党に対し、ブラック・ジャックが「死ね」と冷徹に見捨てるところも見どころだ。そして、「大自然の美しさのわからんやつは——生きる値打ちなどない!!」と続けており、金に目の眩んだ人間は“価値がない”と断じる見事なオチである。
■恩人を救うために病院を買う「助け合い」
ブラック・ジャックが大金を使う話なら、コミックス17巻の「助け合い」は外せないだろう。彼がいかに恩義に厚い男かが伝わる、人気のエピソードだ。
外国で無実の罪に問われたブラック・ジャックは、バーで偶然出会ったサラリーマン・蟻谷の証言によって救われる。助けてもらった礼をしたいと申し出るブラック・ジャックだが、蟻谷はそれを固辞。最終的に“いつか蟻谷がケガをしたら助ける”という約束を交わした。
後日、ブラック・ジャックは、北海道で蟻谷が電車に身投げし、瀕死の状態であることをニュースで知る。蟻谷の主治医からは手術を拒否され、北海道への飛行機便もなかったが、彼は諦めない。東京から飛び出し、レンタカーやモーターボートを次々と購入しながら、北海道へと急ぐ。
極めつけは、病院の経営者の自宅へ乗り込み、現金20億円で病院を買い取る荒業! ブラック・ジャックが無免許医だろうと、病院のオーナーである院長になられては、主治医だってぐうの音も出ない。そして、蟻谷は8度の手術を経て生還し、ブラック・ジャックは約束を守ってみせた。
快復した蟻谷に“なぜここまでしてくれたのか”と尋ねられたブラックジャックの答えが、また印象的だ。
「おたがいさまでさァ あなたに助けられた時は もっと うれしかった……」
普段は金の亡者と軽蔑されるブラック・ジャックにとって、見返りを求めることなく自分を冤罪から救ってくれた蟻谷の親切心は得難い物だったのだろう。それこそ、20億円程度では計れないほどに。


