
1975年から『花とゆめ』(白泉社)で連載が始まった、美内すずえ氏による『ガラスの仮面』。本作の魅力はたくさんあるが、ときに「演劇界のスポ根漫画」と評されるほど熾烈な、登場人物たちの演劇にかける情熱は大きな見どころだろう。
本作は演劇にすべてをかける主人公の少女・北島マヤと、そのライバルである姫川亜弓が幻の舞台演目「紅天女」の主役を巡り、演劇を通して戦う物語だ。2人の演技に対する想いは凄まじく、ときに「どうしてそこまで?」と言いたくなるようなハードな稽古をすることも少なくない。
そこで今回は、2人が過去におこなってきた、まさに“やりすぎ”とも言える壮絶な芝居の稽古風景を振り返ってみたい。
※本記事には作品の内容を含みます
■マヤのハードな稽古はここから始まった「若草物語」と「たけくらべ」
まずは、主人公のマヤがおこなった厳しい稽古を見ていきたい。マヤには、伝説の大女優・月影千草という絶対的な師匠がおり、彼女の指導を最初に受けたのが、舞台「若草物語」のベス役であった。
当初、マヤはなかなかベスになりきることができず、千草から“1週間ベスとして生き、学校へもいってはならない”と、命令される。
そこでマヤは自身を捨て、1週間もの間ベスになりきり、編み物をしたり猫と遊んだりしてベスとして過ごすのだ。さらに病気のベスになりきるため、マヤは自ら一晩中雨に打たれて実際に風邪を引き、40度の高熱が出た状態で舞台に立つのである。
熱のせいで朦朧としてセリフが出ないマヤに対し、千草はバケツの水を全身に浴びせ、檄を飛ばす。このような常軌を逸した厳しい稽古は『ガラスの仮面』の世界でしか見ることもないだろう。
さらに、その後の舞台「たけくらべ」の稽古も壮絶だ。
怒りの演技ができないマヤに対し、あえて千草は激しいビンタを何度も食らわせる。その痛みと屈辱に、ついに彼女は怒りの感情を習得するのだった。
その後、極寒の物置小屋に閉じ込められ、仕方なく1人で演技の練習を続けるマヤ。すると千草はドアの外からつきっきりで指導を開始。ドア越しでの通し稽古は、なんと5日間にも及ぶのであった。
こうしてマヤは千草の指導のもと、痛い、寒い、苦しいといった極限状態での稽古を何度も経験し、役者としての才能を開花させていくのである。
■“都会の狼”と言われ山へ武者修行…「忘れられた荒野」
マヤの厳しい稽古は千草の指導によるものだけではない。マヤ自身、もっと演技がうまくなりたいという純粋な想いを持っており、自身を極限まで追い込むような稽古を積んでいくのである。
その姿勢が顕著に現れているのが、狼に育てられた少女・ジェーンを演じることになった舞台「忘れられた荒野」での一幕。
マヤはジェーンの演技に励むものの、演出家の黒沼龍三から「都会の狼だな 野生の匂いがしない」とダメ出しをされてしまう。
そこで本物の野生狼の演技を習得するべく、マヤは1人バスに乗って天狗岳へと向かう。雨の山中を彷徨い、川に落ちて靴を失くし、崖に登っては転げ落ち、木の実と湧き水だけで飢えを凌ぐ。こんな命懸けの経験すらも、マヤはすべて演技の糧としてしまうのだ。
このサバイバル生活の果てに、マヤは狼少女ジェーンの持つ「なにもない表情」を会得する。舞台本番では、見事、狼少女として生きたマヤ。亜弓が白目になって嫉妬してしまうほど、素晴らしい演技を披露したのである。