
吾峠呼世晴氏の漫画『鬼滅の刃』には、1000年以上の歴史を持つ人喰い鬼を狩る政府非公認の組織「鬼殺隊」が登場する。主人公・竈門炭治郎が所属する組織で、作中では鬼殺隊VS鬼の激しい戦いが繰り広げられる。
鬼殺隊は産屋敷一族が中心となって運営する強固な組織で、階級制であり、現在の構成人員は数百名を超えるという。漫画やアニメを見ているとわかるが、鬼との過酷な戦いで命を落とす隊士は後を絶たない。引退後の隊士が新たに入隊志望者を育てる「育手」となることもあるが、五体満足のまま引退する者は、そう多くはなさそうだ。
それでもなぜ、彼らが危険な鬼殺隊に入ってまで鬼を倒そうとするのか。今回は鬼殺隊員たちが鬼殺隊に入った理由を改めて振り返りたい。
※本記事には作品の内容を含みます
■鬼への憎しみを胸に…家族を奪われた隊士たち
鬼殺隊には、鬼によって身近な人物を殺されたという過去を持つ人が多い。鬼殺隊は政府非公認の組織であるため、一般的にはその知名度もかなり低いと考えられる。
鬼殺隊だけではなく、鬼そのものの存在も『鬼滅の刃』の世界では一般的に知られているわけではない。物語の序盤、浅草にて一般男性が鬼舞辻無惨に鬼に変えられたときも、通行人はまさかそれが鬼の仕業とは思わず困惑するばかりで、男性が鬼になったことも理解していなかった。
家族が鬼に殺されるという信じがたい事実を目の当たりにする機会でもないと、鬼殺隊の存在を知ることすらないのだろう。
鬼殺隊の頂点に立つ、当代の9人の実力者「柱」たちも例外ではない。
水柱・冨岡義勇の過去は「柱稽古編」にてついに明かされた。彼は幼い頃に両親を病気で失い、唯一の肉親である姉と2人で暮らしていた。しかし、姉・蔦子は祝言の前日に鬼に襲われ、冨岡を庇って亡くなってしまったのだ。
ここからは『鬼滅の刃公式ファンブック』の「鬼殺隊見聞録質問コーナー」にて明かされたことだが、冨岡は姉が鬼に殺されたことを訴えたが、誰にも信じてもらえず、心を病んだと思われてしまったようだ。その後、育手である鱗滝左近次と出会い、鬼殺隊を志したのだという。
蟲柱・胡蝶しのぶは、両親と姉と4人で暮らしていたところ、鬼に襲われて両親を失う。間一髪のところで岩柱・悲鳴嶼行冥に救われたことをきっかけに、自分たちと同じ思いをする人を少しでも減らしたいと、そのまま姉妹で鬼殺隊入りを果たした。
蝶屋敷では、かつての自分たちと同じように家族を失った少女たちと暮らしていたが、その後、花柱であった姉のカナエもまた、鬼との戦闘で命を落としてしまう。
幼少期に住んでいた屋敷の様子や上等な着物から、胡蝶姉妹は裕福な家庭の生まれだと推察できる。本来ならば家族で普通の幸せな生活が送れるはずだったのに……と考えると、心が痛い。
霞柱・時透無一郎も、唯一の肉親を鬼に殺されている。山の中で木こりの家に生まれた彼は、10歳の時に両親を相次いで事故と病で亡くし、双子の兄・有一郎と2人で過ごしていた。
他の隊士たちと違うところは、時透の家系は「始まりの呼吸」の剣士の子孫だったため、時折、産屋敷家の当主の妻・あまねが鬼殺隊のスカウトに来ていたことである。これはかなりレアなケースだと言えるだろう。よって無一郎は鬼に遭遇する前から鬼殺隊や鬼の存在を知っていたことになる。
兄・有一郎はあまねを追い返していたが、ある日、鬼に襲われ犠牲に。あまねに保護された無一郎は鬼殺隊に入隊し、たった2カ月という脅威的なスピードで柱にまで上り詰めた。
風柱・不死川実弥の過去もまた、鬼がかかわる実に悲惨なものであった。たくさんの兄弟がいた不死川家だったが、鬼にされた母親が幼い弟妹を惨殺。長男だった実弥は応戦し母を倒すが、唯一生き残った弟の玄弥に「人殺し」と罵られてしまう。不死川家には一度にあまりに多くの悲劇が重なった。
また岩柱・悲鳴嶼も、身寄りのない子どもたちを引き取り育てていたところ鬼に襲われ、そのほとんどを失ってしまう。挙句、殺人鬼として捕らえられ、いっときは死刑囚になったところを産屋敷耀哉に助けられた。
こうしてみると、彼らにとって家族という存在がいかに大きかったのかを改めて感じる。特別な血筋であった時透を除いては、柱たちですら鬼に家族を殺されなければ、そもそも鬼殺隊に入らなかっただろう。また一方で、有一郎が生きていた時点で彼が兄と共に鬼殺隊入りしていたら、息ぴったりの最強の双子の柱が誕生していたかもしれない。
もちろん、山奥に住む炭治郎も、当初は鬼の存在すら知らなかった。ひょっとすると炭治郎も禰󠄀豆子が鬼にならずにあのまま殺されていたら、鬼殺隊に入ることなく、身近な人を守りながら静かに暮らしていたかもしれない。