
長年にわたり愛され続ける少女漫画はたくさんあるが、その中でも、特に続編を渇望されているのが、1975年に連載が始まった美内すずえ氏による『ガラスの仮面』だろう。本作は演劇の天才少女・北島マヤがさまざまな困難に立ち向かいながら、伝説の演目「紅天女」の主役を目指す物語だ。
ところで『ガラスの仮面』には、演劇以外にもう1つの見どころがある。それが主人公・マヤと、彼女を陰ながら愛する大都芸能の社長・速水真澄との恋模様だ。
真澄はマヤが出演する舞台のたびに“紫のバラの人”と名乗り、紫のバラを贈り続け、ひっそり彼女を支えてきた。その一方、女優としてマヤを大成させたいがために、あえて彼女に憎まれるような非情な行動も多くとってきたのである。
ここでは真澄がマヤへ向けた、あまりにも不器用で素直になれない愛情表現を振り返ってみたい。
※本記事には作品の内容を含みます
■あらゆる災難からマヤを守るが…「うちの大事な商品だからな」
真澄はマヤのナイトであるかのように、あらゆる災難から彼女を守り続けている。
最初は2人が出会って間もない頃のこと。劇団オンディーヌの芝居を窓の外から盗み見していたマヤは、嫌がらせをしようとした劇団員が放った犬に襲われてしまう。その危機に現れた真澄は犬を蹴散らしたあと、怪我をしたマヤをお姫様抱っこで助けている。
その後も「奇跡の人」の舞台にて、マヤが柱ごと倒れてきた花瓶の下敷きになりかけたときにも、真澄は身を挺してマヤを守った。さらに映画「白いジャングル」公開中にマヤが里美茂の親衛隊に絡まれた際も、真澄は颯爽と現れて彼女たちを一蹴し、マヤの汚れた顔を優しく拭っている。
これだけ見ると、真澄はマヤにとって完璧な王子様そのものだ。だが、彼はマヤを助けた多くのシーンで、「君はうちの大事な商品だからな」と伝えている。それを聞いたマヤは逆上し、「自分の劇団のことしか心配してないんだわ!」と、その真意を受け取ることができない。
2人は立場的に恋愛するのが難しいとはいえ、「うちの大事な商品だから」の一言さえなければ、彼らはもっと早い時点でお互いに素直になれて、気持ちが通じあえていたようにも思うのだ。
■大都芸能のためだ…!? ときには「部屋に閉じ込め」も
真澄はマヤを守り、女優として成長させるため、時には強硬手段に出ることもあった。印象的だったのが、マヤを部屋に閉じ込めたシーンである。
母を失った絶望と乙部のりえの策略もあって、芸能界を追放されたマヤ。行くあてのないマヤは雨の日の夜、公園にいたところを真澄に発見されるが、高熱を出して倒れてしまう。
真澄はマヤを献身的に看病するも、彼女に演劇への情熱を取り戻させるために「オーディションにうかるまでこの家から出さない」と、部屋に鍵をかけて閉じ込めてしまう。
しかし、マヤは窓から外へ脱走し、保育園で住み込みの仕事をはじめる。しかしそこにも真澄は駆けつけ、マヤを荷物のように担ぎ上げて連れて帰り、再び自宅の2階に閉じ込める。
これらの彼の行動は、失意の底にいるマヤを奮い立たせ、演劇に対する情熱を再燃させるための荒療治のようなものであった。しかし、あまりに強引だったため、マヤにとっては逆効果。その後、彼女はさらに心を閉ざしてしまい、3日間食事を拒否して衰弱してしまう。
最終的に真澄が音を上げ、「夜叉姫物語」の貧しい少女・トキという役を演じきれば、大都芸能との契約は解除すると約束する。しかし、その舞台でマヤは嫌がらせで小道具として出された泥のまんじゅうを食べることとなり、これがきっかけで女優魂に火をつけるのだ。
もし真澄がここまで見越してマヤを部屋に閉じ込めていたのなら、恐るべき戦略家と言えよう。