
1996年に刊行され、長らく絶版状態が続いていた漫画家・よしもとよしとも氏の短編集『青い車』が、新装完全版『完本 青い車』(太田出版)としてこの夏、復刊を果たした。江口寿史氏との対談や、サニーデイ・サービスの曽我部恵一氏との対談など、企画されたイベントのチケットはいずれも瞬く間に完売となっており、よしもと氏の名作青春漫画の復刊は漫画ファンの間で大きな話題となっている。
90年代の若者たちをサラッと描きつつ、だがけっして軽いわけではない絶妙なタッチで物語を紡ぐよしもと氏。その作品に込められた思いや新作の執筆状況について、よしもと氏に話を聞いた。
(第2回/全2回)
■単なるカバーを超えた深い構造を持つ名作短編『ツイステッド』
今回の復刊『完本 青い車』に収録されている『ツイステッド』は、漫画家・江口寿史氏が責任編集長を務めた漫画雑誌『COMIC CUE』(イースト・プレス)に発表された短編だ。
同誌は「作家自身、楽しめる作品」をコンセプトに、各作家による自由な作風の短編が毎号発表された異色の雑誌であり、『ツイステッド』は第2号「カバー特集」に発表された32ページの作品。松本大洋氏の『ドラえもん』や、おおひなたごう氏による『魔太郎がくる!!』が並ぶ中、よしもと氏が選んだ題材はわずか2年の作家活動でこの世を去った幻の漫画家・高木りゅうぞう氏のデビュー作『ツイステッド』だった。
だが、「カバー特集」ではあるが、この作品はよしもと氏による完全オリジナルのストーリーとなっている。よしもと氏は、「一応、高木りゅうぞうくんのカバーという体裁ですが、ジャンルとしては“乗り移りモノ”の、オリジナルの漫画。死んだ人が成仏できず別の人物の肉体に入って体を動かすといった、昔からエンタメによくあるジャンルの物語です」と振り返る。
高木りゅうぞう氏は1991年にちばてつや賞の優秀新人賞を受賞し、講談社の雑誌でいくつかの短編を発表して注目されていたものの、1993年に夭折した知る人ぞ知る漫画家だ。
よしもと氏は『COMIC CUE』創刊号で高木氏の作品について、「彼のデビュー作『ツイステッド』は、俺の生涯のまんがベスト5に確実に入るであろうというほど感動した名作短編だ」と批評文を発表しており、また第2号でカバー漫画を発表したことで、漫画好きの間に「高木りゅうぞう」の名を広めた。
「“天才”みたいに言われてるけど、普通にいい漫画を描く作家です。個人的なつきあいがあったわけではなかったのですが、雑誌で読んですごくいいなと。そう思ってた矢先に亡くなってしまったんです」
よしもと氏が描いた『ツイステッド』は、不慮の事故で亡くなった青年の魂が、よしもと氏を思わせる若き漫画家の体に宿るというもの。また、原作の『ツイステッド』はバイク事故で亡くなった青年の精神が、轢きかけた相手少年の体で目を覚ますというもので、よしもと氏の作品はカバーではなくオリジナルの短編となるが、作品のプロットと2人の作者の状況がリンクしており、単なるカバーを超えた深い構造を生み出している。
高木氏の作品を読むのは非常に困難な状況だったが、今年11月に復刊ドットコムにより『高木りゅうぞう作品集 ツイステッド』の刊行が決定している。『完本 青い車』とあわせて読むことができる絶好の機会だ。
■手塚から受け取ったバトン
「高木くんの『ツイステッド』も“乗り移りモノ”なんですが、このジャンルを調べていくとどこが原点なのか分からないぐらい、奥が深いんです。もともと僕は『天国から来たチャンピオン』という“乗り移りモノ”の映画が好きだったんですが、実はこの映画は『幽霊紐育を歩く』という戦前の作品のリメイクだったりするんですね」
さらに興味深い発見について語る。「手塚治虫の『ザ・クレーター』というシリーズに、成仏できない女の子の魂を天国の番人が何十日か預かる『オクチンの奇怪な体験』という短編があるんです。その番人が“ジョーダン”という名前なんですが、『天国から来たチャンピオン』にもジョーダンというキャラが出てくる。
ただ、『天国から来たチャンピオン』は1978年の映画で、『オクチンの奇怪な体験』はそれより前の1969年に発表された漫画。ということは、手塚はオリジナルの『幽霊紐育を歩く』からこの“ジョーダン”というキャラを引用したのかもしれない。“乗り移りモノ”のジャンルには、そうした奥の深い相関関係があって、『ツイステッド』を僕がカバーしたのにも、そういった意味があるんです」
映画化もされた短編『青い車』と、次作である『ツイステッド』を描く間、よしもと氏は短編の面白さを追求するために手塚治虫の漫画を片っ端から読み漁ったという。
「“面白いものってなに?”と思ったときに、子どもの頃に読んで面白かったものを改めて読み返した。手塚は面白い短編作品がすごく多くて、たとえば『四谷快談』なんかサラッと描いているように見えるんですが、お見事としか言いようがないほどうまくて。短編漫画の見本として勉強させていただきました。僕が『青い車』や『ツイステッド』を描いたのは、作家として低迷していた頃で、“面白い漫画”というものが何なのか学び直していた時期でした。
そんな中、子どもの頃に読んだものを、と手塚治虫の短編から面白さというものがどういうものかを掴み取った。あれからちょうど30年後の今、若い読者にそれを掴み取ってもらいたい。僕が手塚からバトンを受けとったように、それがまた新しい読者に繋がるならそれほどうれしいことはない」