ビュコックにメルカッツ…『銀河英雄伝説』ラインハルトやヤンも称賛した「いぶし銀の老将」たちの矜持の画像
『銀河英雄伝説 COMPLETE GUIDE』(徳間書店)書影

 田中芳樹氏による人気SF小説『銀河英雄伝説』(徳間書店)。銀河帝国のラインハルト・フォン・ローエングラムと自由惑星同盟のヤン・ウェンリーという2人の英雄を中心に繰り広げられる壮大なスペースオペラであり、今でも根強いファンによって支えられている人気作品だ。

 本作の主要キャラであるラインハルト、ヤンのいずれもが若き英雄であり、2人とも史上最年少で軍の最高位の階級に昇進している。さらに彼らを脇で支える提督たちの多くも、若くして有能な人物が目立っていた。

 だが、そんな若者たちの中にいるベテランの老提督たちも、時には渋く味のあるところを見せてくれる。比較的若者が中心の物語において、老提督の個性やいぶし銀の活躍がより輝く場面もあるのだ。

 そこで石黒昇監督によるOVAから『銀河英雄伝説』にハマった筆者が特に魅力を感じた、老提督たちの生き様を象徴する描写や活躍場面について振り返っていきたい。

※本記事には作品の内容を含みます。

■皇帝も称賛した自由惑星同盟屈指の叩き上げ軍人

 自由惑星同盟の老提督として、まず真っ先に名前が挙がるのが「アレクサンドル・ビュコック」提督である。

 物語開始時点の彼の階級は中将であり、同盟軍の第5艦隊の司令官として登場する。そのときすでに御年70歳という高齢であった。

 この時期の同盟軍の艦隊司令官たちは、ヤンやウランフといった若く有能な指揮官もいたが、比較的ベテランの提督が多かった。

 その中でもビュコックは、オリビエ・ポプランが「ビュコックのじいさん」と呼んで敬愛するほどの大ベテランである。上級士官の多くは士官学校出身のエリートが多い中、彼は一兵卒からの叩き上げで艦隊司令官にまで上り詰めた。まさに異例の大出世を遂げた人物なのだ。

 ビュコックの魅力は、積み重ねてきた経験に裏打ちされた卓越した戦略眼とその艦隊運用、人物をしっかりと評価する目、そして優しさと毒舌を併せ持つ人間味あふれる部分にある。またビュコックは誰が相手でもしっかりと自分の意見を述べ、そこに忖度というものは存在しない。

 たとえば、大艦隊を擁する帝国領侵攻作戦が決定した際、作戦本部では「なぜ侵攻をこの時期にしたのか」という質問が出された。誰もがその理由を分かっていながら口をつぐむ中、ビュコックだけは臆することなく「選挙が近いためではないかな?」と皮肉交じりに本音をぶつけるのである。

 最終的に元帥まで昇格し、宇宙艦隊司令長官の地位に就いたビュコックは、同盟が帝国に屈したときに現役を退く。しかし、帝国によって同盟が潰えるのは時間の問題という切羽詰まった状況になると、再び現役復帰を果たした。

 そして自由惑星同盟にとっては最後の抵抗となる「マル・アデッタ星域の会戦」に臨む。

 圧倒的な戦力を誇る帝国軍に対し、ビュコックが率いる同盟艦隊は寡兵。もはや敗北は時間の問題と思われたが、ビュコックは地の利や老練の戦術を駆使して予想もしない大善戦を見せるのである。

 あと一歩のところまで迫ったが、残念ながら勝利をつかみとることはできなかった。ラインハルトはビュコックの勇戦ぶりに敬意を払ってミッターマイヤー提督に降伏勧告を行わせるが、それに返した言葉が実にビュコックらしかった。

 「民主主義とは対等の友人を作る思想であって、主従をつくる思想ではない」「わしはよい友人がほしいし、誰かにとってよい友人でありたいと思う。だが、よい主君もよい臣下も持ちたいとは思わない」と、最後まで民主主義に殉じる姿勢を貫いたのである。

 そして、ビュコックは幕僚たちと酒を酌み交わしながら最期の瞬間を迎えることとなる。旗艦「リオ・グランデ」が撃沈される瞬間まで、ビュコックが満足そうな表情を浮かべていた場面が忘れられない。

 そんなビュコックの潔い散り様は帝国の皇帝ラインハルトにまで深い感銘を与え、のちに「マル・アデッタで死んだあの老人は、まさに山の清水であった」と称えるのである。

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