■「俺は水柱じゃない」壮絶な過去がもたらした劣等感
「柱稽古編」において、義勇は炭治郎に対し、頑なに「水柱が不在の今」「俺は水柱じゃない」と主張していた。だが、炭治郎に根負けし、ここで初めて誰にも語ったことがないであろう自身の過去を打ち明けている。
それは義勇が、自分は最終選別を突破していないと思っていることに端を発する。当時、13歳の冨岡は同い年の錆兎と共に最終選別に参加していた。だが、義勇は鬼との戦闘で早々に負傷して意識を失い、その間、錆兎は鬼たちから候補者を守って戦い抜いた末、たった1人命を落とした。
結果的に、自分が生き残ったことに強烈な罪悪感を抱き、鬼殺隊隊員・水柱という地位にはふさわしくないと思っていたのだ。
確かに、生き残りさえすればいいとはいえ、鬼にやられ意識を失っているうちに選別を突破していたとなると後ろめたい気持ちにもなるだろう。錆兎こそが鬼殺隊の柱にふさわしかったと考えるのも、当然のことかもしれない。錆兎を失ってから、義勇の瞳にはハイライトが描かれていない。
柱と対等に肩を並べていい人間ですらないという思いから発せられた「俺はお前たちとは違う」という言葉は、自分を上の立場においた言葉ではなく、本来なら鬼殺隊に自分の居場所はないという自己否定の言葉だったのである。
義勇の過去の悲劇はそれだけではない。幼い頃に両親が病死し姉に育てられたが、その姉も結婚式の前日に鬼に襲われ、彼をかばって死亡しているのだ。
ここまでは原作漫画やアニメでも触れられていたが、『鬼滅の刃 公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』では、その後の後日談も記されている。
姉が鬼に殺されたと周囲に訴えるも、周囲には心を病んだと誤解され、医者に連れていかれる途中で逃亡し。山で遭難したところを、鱗滝の知り合いの猟師に助けられたのだという。
自らの発した真実の言葉を誰にも信じてもらえなかったこの経験が、彼が己の感情を言葉にするのを諦め、口を閉ざすようになった一因である可能性もあるだろう。
義勇が身にまとっている左右で柄の違う羽織は、亡き姉と親友・錆兎の着物から作られた形見である。それは「未熟でごめん…」という消えない罪悪感と、2人の存在をずっと忘れまいとする彼の決意の象徴ともとれる。
「柱稽古編」では、炭治郎の太陽のような明るさと根気強さのおかげもあって、義勇が周囲と少し馴染み始めていた様子も垣間見えていた。彼が同じように早い段階で他の柱とも打ち解けられていたら、また違った柱同士の交流もあったかもしれない。
炭治郎との絆によってようやく一歩を踏み出した義勇が、来るべき最終決戦でどのような戦いを見せるのか。その活躍に期待したい。