
日本ホラーは欧米ホラーとは異なり、心理的恐怖や超自然的な現象に特化しているといわれて久しい。
たとえば、1998年公開の『リング』は国内外で大ヒットし、後の「ジャパニーズホラー(Jホラー)」ブームの火付け役となった。その後も『呪怨』『仄暗い水の底から』『着信アリ』など人気Jホラーが続々と登場したが、どの作品も怪異の中心は、男性ではなく「女性」である。
ふり返れば昭和ホラー漫画には美女がたびたび登場し、その美貌から想像できない恐ろしい振る舞いで読者を驚かせてきた。今回は、怪しい魅力で昭和の読者を魅了した「ホラー漫画の美女たち」を取り上げる。
※本記事は各作品の内容を含みます。
■中学生とは思えない美貌と突き抜けたダークさ…『エコエコアザラク』黒井ミサ
『エコエコアザラク』は、1975年から79年に『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載された古賀新一さんの代表作だ。
主人公の黒井ミサは中学3年生の美少女。著名な魔術師であった両親を持ち、生まれて間もなく悪魔に魂を売られ魔女となったダークヒロインである。
彼女が去り際に唱える呪文、「エコエコアザラク エコエコザメラク」を覚えた昭和キッズは多いだろう。
魔術に長けたミサであるが、テスト前に呪物を机に並べクラスメイトにドン引きされ、授業で居眠りするため目の付いた眼鏡をかけるも“クウクウ”といびきをかいてバレるなど、はっちゃけた性格でもある。
とはいえ初期の彼女は残忍で、好意を寄せる相手や罪なき者すらも理不尽な目に遭わせてきた。その恐ろしさは、第1話「恐怖の黒魔術」でも存分に描かれている。
勉強が苦手な小学生・一成は、いつも優秀な兄と比べられていた。ミサはそんな彼に黒魔術をかけたワラ人形を手渡し、その“頭”に釘を刺すと頭が良くなると伝える。もちろん、「絶対に人に見られないように」「他人にしゃべったら承知しないわよ」と警告することも忘れない。
その後、さっそく一成が実行すると勉強意欲がわき、成績も上がり人気者に。だが時を同じくして、やさしかった兄が脳が溶ける病気で苦しみ始める。それを目の当たりにした一成は思わず、母親に泣きつきながらワラ人形のことを喋ってしまった。すると、病床についていた兄が突然起き上がり、一成を背中から刺し殺してゲラゲラと笑い始める……。
コンプレックスを抱いた少年が、何も知らされず兄を傷付け、あげくに殺されてしまう結末は何とも後味が悪い。そんな様子をのぞき見するミサが、どうして彼らをここまで陥れたのか理由が不明で、ことさら恐怖を煽った。
■自分から関わりながら興味をなくす非情さ…『おろち』おろち
『おろち』は、1969年から『週刊少年サンデー』(小学館)で連載された楳図かずおさんの恐怖漫画。超常的な力を持つ謎の美少女おろちが、凄惨な運命に翻弄される人々の運命を見届ける、全9話の中編オムニバス作品である。
「骨」は、人の心が理解できないおろちにより、夫に苦しめられた妻が罪を重ね、あげくに彼女の幼い息子が無残な死を迎えたりと、後味が悪い。一方、「秀才」では、母子の葛藤が描かれるが、最後におろちのやさしさが親子三人の“傷”を癒す、余韻ある幕引きだ。
ところが一転、「姉妹」ではおろちの無情さが際立つ。
資産家の龍神家に暮らす美しい姉妹、エミとルミ。彼女たちに興味を持ったおろちは、お手伝いとして屋敷に入り込み、“龍神家の女は18歳から醜くなる”という話を聞いて同情する。その後、18歳を目前にした姉のエミは恋人に別れを告げるが、一方のルミは母親から遺言で“自身が龍神家の娘ではない”と聞かされたと明かす。
ルミが18歳になっても醜くならないと知ったエミは、ルミを虐待。ルミは助けようとするおろちの申し出を断り、姉に献身的に尽くす。恐怖に耐えかねたエミは自分の顔を焼き、恋人やおろちを殺そうとするが、それでもルミは姉に寄り添う。
一連の出来事を見守っていたおろちは、「フフフ どうでもなるがいいわ 私のしったことではないわ」と言い残し、姿を消す。しかし、去り際に、目を閉じれば屋敷で起こった出来事がどこでも見えるように細工だけはしていった。
そして1年後、18歳の誕生日を迎えたルミは、エミこそが龍神家の娘でないという真実を告げる。実は母親からそう聞かされたルミは、エミだけが美しいままでいることを許せず、嘘を吐いて彼女を追い詰めたのだった。
その後、龍神家を訪れたエミの恋人が、恐怖で錯乱死したエミの遺体と得体の知れない醜い女の姿を見たところで物語は終わる。
姉妹の嫉妬による悲劇はもちろん、自分から関わっておきながら冷酷に結末だけを見届けようとした、おろちの非情さも恐ろしい。