■「ゾルトラーク」が一般化していなければ危なかった『葬送のフリーレン』クヴァール
序盤の強敵といっても、なかには主人公に倒されるキャラもいる。そういう敵ほど後で振り返ると「よく倒せたな……」と思える化け物だったりするものだ。
勇者ヒンメルが魔王を討伐し世界を救った後の世界を描く『葬送のフリーレン』(原作:山田鐘人氏、作画:アベツカサ氏)の第5話に登場したクヴァールは、まさにそんなキャラだった。
クヴァールは魔王軍屈指の魔法使いであり、彼が開発した「人を殺す魔法(ゾルトラーク)」は、80年前に多くの人の命を奪った。当時の勇者パーティの一員だったフリーレンをして“強すぎたから封印するしかなかった”と言わしめている。
だが、現代で「ゾルトラーク」は研究されつくし、防御魔法によって対策できる「一般攻撃魔法」と化していた。封印から目覚めたクヴァールは80年のブランクを克服しきれず、フリーレンの「ゾルトラーク」によって倒される。
これだけ聞けば、時代に取り残された過去の魔族という印象で終わるかもしれない。だが、問題は「あの勇者パーティですら封印するしかなかった」という事実だ。
それまではおぼろげだった勇者パーティの実力が徐々に明らかになるにつれて、クヴァールの評価も変わり出す。
目にも止まらぬ高速の剣術を使う勇者ヒンメル、魔族最強の戦士と1対1で渡り合う戦士アイゼン、無補給無酸素で2カ月も活動できる魔法の使い手である僧侶ハイター、そして1000年以上を生きる魔法使いフリーレン……。
彼ら4人がいかに超越した存在かがわかるにつれ、それでも封印するしかなかったクヴァールがいかに強いかが浮きぼりとなったのだ。
実際、現代でフリーレンと戦った時も、クヴァールは即座に防御魔法の弱点を見破っていた。もし彼に時間があれば、現代で通用する新たな「人を殺す魔法」を編み出していたかもしれない。
序盤の強敵の面白さのひとつに、意外性があると思う。登場時点では「こんな強い奴と今戦うのかよ!」とワクワクさせられ、終盤に格の高さが判明すると「そんなに強い奴だったのか……」と驚かされる。こうした意外性は、物語に深みを与え、漫画を面白くしてくれるものだ。
いいこと尽くめに思える序盤の強敵だが、「主人公が弱い序盤にそんな強い敵と戦って、どうやって生き残るか?」という問題もある。この大きな壁に確かな説得力を持たせ、ご都合主義ではない魅力を生み出してこそ、序盤の強敵は輝くのだろう。