■美貌の青年・ダークサイドが新宿歌舞伎町で「修正」する…『ダークサイド・ブルース』
1987年から88年にかけて、少女漫画誌『Candle』(秋田書店)で連載されたSFホラー『ダークサイド・ブルース』。同作の原作は、『魔界都市ブルース』や『吸血鬼ハンターD』などで知られる小説家の菊池秀行氏が担当しており、退廃的でグロテスクな世界観が魅力だ。
近未来、世界の9割は超巨大企業「ペルソナ・センチュリー」に支配され、その支配を免れた新宿・歌舞伎町を含む土地「ダークサイド」が舞台になっている。荒廃した新宿に、ダークサイドを自称する美貌の青年が突如現れる。
大仰なセリフや演出が、あしべゆうほ氏の描く美しく重厚な世界描写と驚くほど相性がよく、まるでゴシックホラーのような雰囲気を醸し出している。
特にペルソナ・センチュリーの社長・法月蘭土の部屋の壁に開いた黒い空間からダークサイドが漆黒の馬車で飛び出してくる場面は、アイルランド神話の首なし騎士「デュラハン」を彷彿させる圧巻の演出だった。
そして幽霊や悪魔のような雰囲気をまとうダークサイドは、相手に夢を見せて治療を行う不思議な能力を持つ。ダークサイドはそれを治療ではなく「修正」と呼んでいた。
ほかにもペルソナ社の社長一族には人々を石に変える能力があったり、肉体強化された殺し屋たちが非人道的な行為を行ったりと、サイバーパンクとホラーが融合した不気味な世界観が印象的だ。
そんな本作で、筆者がもっとも恐怖を感じたのが、人体を黄金に変えるという「小さな工場」にまつわる衝撃シーンだ。
ペルソナ・センチュリーの本部を襲撃し、捕らえられた女テロリストは、法月蘭土社長の娘・たまきからひどい拷問を受ける。たまきは女の腹部を斬り裂くと、ミニチュアサイズの「小さな工場」を強引に押し込むのだ。
すると女の腹部に突き刺さった小さな工場は稼働を開始。生きたまま、自身の体が黄金になっていくのを見守るしかないという絶望的な描写はホラーそのものである。
本作の休載中に掲載誌の『Candle』が休刊し、作品は残念ながら未完のまま終わっている。あしべゆうほ版『ダークサイド・ブルース』がどのような結末を迎えるのか、最後まで見届けたかった。
■ファンタジーとホラーが融合した神秘的な世界…『クリスタル☆ドラゴン』
1981年より『月刊ボニータ』(秋田書店)で連載された『クリスタル☆ドラゴン』は、あしべゆうほ氏のオリジナル作品。ケルト神話や北欧神話をベースにした壮大なファンタジー作品だが、ホラー要素も随所に盛り込まれている。
金髪碧眼が特徴の「緑の原の一族」の中で、ひとりだけ黒髪で生まれてきた主人公の少女・アリアンロッド。彼女は「妖精の取り替えっ子」と忌み嫌われていた。
そんな彼女は、ある日海岸で銀色の瞳を持つ銀髪の美しい戦士・レギオンと出会い、黄水晶のサークレットと真実の名を授かる。
その後アリアンロッドは魔法使いとなり、美しく成長するが、彼女の村は残忍な「邪眼のバラー」によって全滅。アリアンロッドは復讐を誓って旅に出る。
アリアンの味方となるレギオンや水晶の竜は光の存在だが、バラー率いる「深淵の谷の一族」は闇そのもの。強力な女魔法使いである姉・エラータにより、バラーは右目に闇の力を宿す。
また彼らの拠点には頭蓋骨がゴロゴロと転がり、瘴気に侵された異形の馬には生きた人間の奴隷をエサとして与えるなど、ところどころで恐ろしい描写が存在する。
ほかにも村が滅ぼされた際に不気味なバンシーが現れたり、人間が精神操作されたり、夢と現実があいまいになる展開だったりと、心理的に追い詰めるようなサイコロジカルホラー的なテイストが多分に含まれていた。
ほかにも、クマのぬいぐるみが唯一の友だちという少年が主人公の『テディ・ベア』、グロテスク描写が満載の怪奇作品『魔獣の棲む森』など、幅広いジャンルで活躍したあしべゆうほ氏。あの美しく繊細な画風はホラーとの相性が抜群で、幼い頃に何度もゾッとさせられたことが忘れられない。