「美しい絵柄がむしろ怖い…」昭和女子を震えさせた「鬼才・あしべゆうほ」の絶品ホラー 『悪魔の花嫁』に受けた衝撃…の画像
あしべゆうほ・著(原作:池田悦子)『悪魔の花嫁 1』(秋田書店)

 今から半世紀ほど前の1970~80年代といえば『月刊プリンセス』の黄金期と呼ばれていた時期だ。

 『月刊プリンセス』とは、秋田書店が発行する少女漫画雑誌である。この黄金期には、細川智栄子あんど芙~みん氏による『王家の紋章』、青池保子氏の『イブの息子たち』『エロイカより愛をこめて』、フランス作家A・ゴロンの原作を木原敏江氏がコミカライズした『アンジェリク』、中山星香氏の『妖精国(アルフヘイム)の騎士』など、少女漫画の枠を超えた壮大で骨太な作品が人気を集めた。

 そんな『プリンセス』にて1975年の創刊号から1990年にかけて連載され、黄金期の中核を担ったのが、あしべゆうほ氏が描く『悪魔(デイモス)の花嫁』(原作:池田悦子氏)だ。

 本作はコミックス17巻の時点(2000年)で累計発行部数1100万部を記録。恋愛要素が強めながら、残酷描写とホラー要素が存分に楽しめる人気作品だ。

 あしべゆうほ氏はファンタジーやコメディなど、さまざまなジャンルの作品を手がけてきたが、やはりホラー作品は別格である。そこで今回は、昭和の連載当時に筆者がゾッとした、あしべゆうほ氏の残酷かつ美しい世界を振り返ってみたい。

※本記事には各作品の内容を含みます。

■双子の妹を愛したがゆえ悪魔にされた男の苦悩…『悪魔の花嫁』

 恋愛ホラーの傑作『悪魔の花嫁』は、原作・原案を『悪女聖書』(作画・牧美也子氏)も手がけた池田悦子氏が担当し、女性の怨念や恋慕がホラーテイストで描かれている。

 妹であるヴィーナスと愛し合った罪でゼウスの怒りを買い、天界から追放されて恐ろしい悪魔にされたデイモス。ヴィーナスは生きながら醜い姿に朽ちていく罰を受けることになった。

 妹のヴィーナスを救うには、彼女の生まれ変わりである伊布美奈子の体にヴィーナスの魂を入れる必要があった。そこでデイモスは美奈子を誘惑するが、強い意志を持つ美奈子に次第に惹かれていく。

 彼ら三人の複雑な関係を中心に、人間の欲望と愛が交差する物語が展開される。

 当時、デイモスのクールで愁いのある表情や、時おり見せる優しさに心を奪われた女性ファンが多かった。

 一方、悪魔のデイモスが街角でタロット占いをしたり、太った女が富豪の夫人を殺害し、ダイエットして入れ替わったりと、かなり突飛な展開もおもしろい。そして何より、醜い裏切りや愚かな欲望の代償として、哀れな犠牲者の屍が積み上がるホラー展開が魅力だった。

 特に筆者がゾッとしたのが、「星占いをあなたに」というエピソードだ。

 ファッションモデルの夏目ヒロミは名家の娘。愛人の娘である康子を下僕扱いし、自分と同じ日に生まれながら不幸な彼女を見下していた。

 ヒロミは、ファッション界の重鎮である伯母の後継者になる野望を抱くが、デイモスはその願いを叶えるために「もうひとりの女の破滅」を条件として提示する。それを康子のことだと解釈したヒロミは、度重なる彼女の不幸を笑った。

 しかし、伯母は男性秘書の牧田を後継者に選んだため、ヒロミは自分のアリバイ工作を康子に指示して牧田を殺害する。

 ところがヒロミの替え玉として別荘に向かった康子は、立ち寄ったガソリンスタンドでセレブなヒロミ(実は康子)に嫉妬した一般客のイタズラによって灯油をガソリンにすり替えられてしまう。その後ストーブの爆発事故で康子は大やけどを負い、“ヒロミ”として入院することになった。

 つまりヒロミは、自身も康子と同じ大やけどを負ってアリバイを証明するか、殺人者として捕まるかの二択を迫られるのである。

 この絶望的な状況に崩れ落ちたヒロミに、デイモスは「“夏目ヒロミ”に後継者の座を、“もう一人の女”に破滅を与えた」と宣告する。

 ヒロミにとっては、完全に自業自得としか言いようがない。だが、とばっちりで大やけどを負った康子はあまりにも悲惨すぎて、非情なデイモスにゾッとした。

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