
あまりにも救いのない展開で読み終えたあとにも重苦しさに心が締め付けられる……そんな独特の「後味の悪さ」も、ホラー漫画の醍醐味のひとつだろう。
これまで多くのホラー漫画家が巧みな手法で読者を震え上がらせてきたが、なかには、名だたる大物漫画家たちが普段の作風とは一変、予想外の恐ろしい結末を描いたものも存在する。
そこで、読み終えたあともしばらく衝撃から立ち直ることができない、漫画界の巨匠たちによる印象的なホラー短編を見ていこう。
※本記事には各作品の内容を含みます
■異星人が求めるものはなんだったのか…『ヒョンヒョロ』藤子・F・不二雄
国民的人気作『ドラえもん』の生みの親であり、数々の名作を世に送り出してきた藤子・F・不二雄さん。彼はSF短編漫画『ヒョンヒョロ』(1971年)において、ファンも予想だにしなかった後味の悪い結末を描いている。
物語は、マーちゃんという可愛らしい男の子が「円盤に乗ったうさぎちゃんから貰った」と、手紙を持ってくるところから始まる。だが、母親はこれを嘘だと決めつけ、聞く耳を持たない。実はマーちゃんは、それまでにも「お星さまをひろった」などと言っていたことがあり、夢見がちな子どもだと思われていたからだ。
しかし、両親の態度はその手紙を見て一変する。そこには拙い字で、「ヒョンヒョロをください くださらないとゆうかいするてす」と、書かれていたのだ。
不穏な内容に慌てる両親だったが、その後、なんとマーちゃんが言った通り、うさぎのような姿をした異星人が現れ「ヒョンヒョロ」を返してほしいと言い出すのである。
両親は警察も巻き込んで対応しようとするも、結局「ヒョンヒョロ」が何か分からず、ついには刑事も観念し、異星人に「知らない」と伝える。すると、これまでおおらかに笑っていた異星人は態度を豹変させ、凄まじい形相で「誘拐ヲ実行スル!!」と叫ぶのだった。
翌日、マーちゃんが目を覚ますと、家族も町の人々も誰一人いなくなっていた。実は、マーちゃんが拾っていた「お星さま」こそが、異星人が求めていた「ヒョンヒョロ」であった。それを返さなかった大人たちを異星人は誘拐し、世界から消してしまったのである。
一見、可愛らしいマスコットのような異星人が物語終盤で見せる恐ろしい姿……。なにより、たった一人、子どもだけが世界に取り残されるという後味の悪い展開に、唖然としてしまった読者は多いだろう。
■網膜に焼き付いたかつての彼の姿…『白い幻影』手塚治虫
「マンガの神様」と称される伝説的な存在で、世に空前の漫画ブームを巻き起こした第一人者である巨匠・手塚治虫さん。短編作品も多く描いている手塚さんだが、そのなかでも独特の後味の悪さで有名なのが『白い幻影』(1972年)だ。
主人公は海難事故で恋人・則夫を失った女性である。彼女は奇跡的に生還するが、事故のショックからか白い壁や床を見ると、そこに則夫の溺れ死ぬ姿が幻のように浮かび上がるようになり、精神的に疲弊していく。
たまらず医師に相談すると、これは幻覚などではなく、雷光によって恋人の姿が網膜に焼き付いた結果であると診断されるのだった。
予想外の事実にショックを受ける女性だったが、彼女は幻影と共に生きていくことを決意する。人生の端々で幻影は現れるが、彼女はそれを受け入れ、長い人生を歩んでいくのだ。
そして、物語のラスト、すっかり年老いた彼女のもとに、なんと死亡したはずの則夫が現れ、物語は急展開を迎える。
実は則夫も奇跡的に生き延びていたのだが、記憶と視力を失い、別の女性と結婚し生活していたのだ。しかし、彼の心にもかつての恋人の姿が焼き付いており、そのわずかな記憶を頼りに、彼女を探していたのである。
感動の再会……と思いきや、女性は自身の正体を明かさずに二人を見送る。彼女にとって、網膜に焼き付いたかつての彼こそが恋人であり、その幻影と共に一生を過ごすと決めていたのである。
なんとも物悲しい別れではあるが、同時に運命というものの非情さや儚さ、誰かを愛することの複雑さを考えさせられる実に巧妙な結末である。