■『ヘンダーランドの大冒険』周囲を取り込んでいくス・ノーマン・パー
シリーズ第4作『映画クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』(1996年)は、テーマパーク「ヘンダーランド」を舞台に繰り広げられるダークファンタジー作品だ。
群馬県に突如出現したこの不思議な施設は、ふたば幼稚園の遠足先にも選ばれ、子どもたちは夢の国のような世界にはしゃぎ回る。だが、園内に登場するキャラクターたちにはどこか不気味な雰囲気が漂っていた。
そしてこのヘンダーランドからしんのすけを追って春日部に現れたのが、本作最大のトラウマキャラクター、雪だるまの「ス・ノーマン・パー」だ。
白く丸い体に愛嬌のある動き、明るく親しげな言動で、大人にも子どもにも人気を集めるス・ノーマン・パー。しかしその正体は、しんのすけがヘンダーランドで手に入れた「魔法のトランプ」を奪うためにやってきた刺客だった。
作中、その恐ろしさに気づいていたのはしんのすけとマサオくんだけ。怯えながら家へ帰ったしんのすけを出迎えたのは、なんと先回りして待ち構えていたス・ノーマン・パー。「おかえり、兄貴」と呼びかけるその姿に、恐怖が走る。
この時すでに母・みさえはス・ノーマン・パーを完全に信頼しており、しんのすけの警告にも耳を貸さない。一度は帰ってくれるも、その後、会社帰りの父・ひろしとともに再び現れたス・ノーマン・パーは、お酒を飲ませて両親を眠らせ、しんのすけと2人きりになるやいなや、突如豹変……本性をあらわにするのだ。
自分の家や幼稚園、信頼していた家族や友人といった安全なはずの場所と人々が、次々に敵に取り込まれていく恐怖。普段は飄々としたおとぼけキャラのしんのすけが、子どもらしく本気で怯える姿は痛々しかった。
『映画クレヨンしんちゃん』シリーズは笑いと感動のイメージが強い一方で、子どもの心に深く刻まれる怖い描写も数多く登場していた。
今回紹介した3作品のトラウマ描写は、ただのホラー演出ではなく「身近な世界の崩壊」という、人にとって根源的な恐怖を巧みに描いているように思う。
だからこそ、子どもでも大人でも忘れられない“怖さ”として語り継がれているのだろう。