■脱力スパイのちょっと変わった諜報活動…『ペパミント・スパイ』
次に紹介する「スパイシリーズ」は、スパイ養成学校を舞台に脱力系青年が贈るコメディ作品。同シリーズは『花とゆめ増刊号』や『花ゆめEPO』などに掲載された読切りや短編をまとめたもので、単行本『ペパミント・スパイ』(1巻:1985年9月発売、2巻:1987年10月発売)に収録されている。
主人公の青年ドナルドは「スパイになりたい! なんたってスパイはカッコイイ!!」というしょうもない理由で試験を受けて、見事スパイ養成学校に合格。ドナルドの策略により卒業を1年先延ばしにされた黒サングラスの「委員長」や、ドナルドの巻き起こす騒動に巻き込まれ続ける苦労人な「元軍人の校長」などが主な登場人物だ。
同作でもっとも印象に残っているのが、本当は司法試験を受けなかったドナルドが「たぬき・むじな事件判決」と「むささび・もま事件判決」の解釈を間違えて落ちた……と両親にウソの理由を説明するくだりである。
どちらも実際に法学部で必ず学ぶ事件であり、漫画で読んでから40年近く経った今でも、SNSなどでこの事件の話題があがるたびに「佐々木先生の『ペパミント・スパイ』で読んだ!」といわれるのだから驚きだ。
また、80年代はイギリスの元皇太子妃ダイアナさんフィーバーが日本にも波及し、作中にも「王室恋愛編」「王室結婚編」がパロディ風味で描かれている。そのなかで花嫁の影武者として大活躍するドナルドが、花嫁の替え玉とバレないためのアピールに、ウエディングベール越しとはいえ王子とキスするシーンは美しくもあり、インパクトがあった。
余談ではあるが、幼い頃のドナルドがかくれんぼの際に、目出し帽をかぶっておじいさんの姿に変装した姿はあまりにも変でおもしろく、たまに思い出し笑いをしてしまうほどの破壊力がある。
■抜けてる姉と気が強い妹による、事件にならないフツーな日常「美人姉妹シリーズ」
最後に紹介する「美人姉妹シリーズ」は、アパートの一室で暮らす姉妹の日常コメディ。『花ゆめEPO』を中心に掲載された5作品と、佐々木先生のデビュー作である「漫研カデューシャスシリーズ」の2作品が、単行本の『林檎でダイエット』(1988年5月発行)に収録されている。
就職浪人の姉・浅野雁子(かりこ)の趣味は園芸。妹・鴫子(しぎこ)は塗装工芸(漆塗り)を専攻している大学生だが、両者は趣味だけでなく男性の趣味も渋い。そんな二人は自称“美人姉妹”である。
当時は浅野温子&浅野ゆう子の“W浅野”が流行した時期でもあったので、浅野姉妹の設定はそこからきているのかもしれない。
第1話となるエピソード「椿館」では、姉妹のすれ違いがユーモアたっぷりに描かれた。雁子は幼い頃に泥棒を察知したことがあり、鴫子は姉には予知能力があると思い込んでいた。
そして最近になって、雁子が来客に過敏なほどの警戒心を見せるようになり、鴫子は「泥棒が来るのでは……」と怪しみだす。
タネ明かしをすれば、園芸好きの雁子はNHKに支払うためのお金を着服して“椿”を買おうとしていたため、集金人に対する“挙動不審”な態度を鴫子が勝手に勘違いしたのである。
何かに怯える雁子と、(泥棒を)警戒する鴫子の様子がサスペンス調で描かれており、その緩急の振り幅が絶妙なおもしろさを演出していた。
ほかにも、漆が付着しないよう白衣を着ている鴫子が医療関係者だと勘違いされて辟易したり、姉妹で傷みかけのビミョーな食材を食べて仕分けたりと、何気ない日常生活がおもしろおかしく描かれている。
なお、収録されていたオマケ漫画によると、どうやら同作は佐々木先生とその妹さんがモデルになっているとのこと。ほかのオマケ漫画でも妹さんのおもしろエピソードが多数登場する点は見逃せない。
ちなみに同時収録された「漫研カデューシャスシリーズ」は、佐々木先生が在籍していた北海道教育大学に今も実在するマンガ研究会が舞台になっている。
佐々木倫子先生は80年代後半から90年代にかけて『動物のお医者さん』や『おたんこナース』といった大ヒット作を連発。だが、それ以前の読み切りや短編作品にも、あえて核心に触れないまま物語にしっかりオチをつけて完結させるという、佐々木先生ならではのセンスが輝く名作がいくつも存在した。
惜しむらくは初期の単行本自体が現在は入手困難だったり、コミック未収録の名作が多かったりする点で、ファンとしてはほぞをかむしかないのが残念である。