■三井をフリーにすることへの是非
しかし、これらは本当にすべて松本のせいなのだろうか。
三井が立て続けに2本の3Pを決めた時点で、山王のセンター・河田雅史は「気にすんな松本 うたせろうたせろ」「どーせこれ以上は続かん」と声をかけている。また、堂本監督も、序盤に言っていた「三井の3Pも最後まで あんなに入りゃしないさ」という読みを変えず、「逆に これで向こうが3Pに縛られてくれれば 楽だ」と考えている。
さらに監督は桜木花道のオフェンスリバウンドを封じるため河田をマークにつけ、代わりに赤木剛憲のマークに河田美紀男を投入した。
体格こそ立派だが経験の浅い美紀男では、赤木を完全に抑えることはできない。それにより松本が求められる役割は、自ずと“まともに動けもしない三井のために戦力を割くのは止め、美紀男のフォローに入ること”になったのではないか。
実際、流川が3Pライン付近にいた三井にパスを出したシーンで、松本は「あ!!」と慌てる様子を見せ、一歩遅れて三井のディフェンスに向かっている。位置から考えると、その直前、ゴール下付近にいたことが推察できる。
もしそうならば、三井をフリーにしたのは松本の独断ではなく、チーム全体の空気や監督の采配によってもたらされた結果だと言えよう。そう考えると“戦犯”扱いは不遇としか言いようがなく、彼の無念は心中察するに余りある。
■「松本稔」という男の本来の姿とは
当の松本はというと、「うたせろ」という河田の言葉に「本当か河田……」と、疑念を抱くなど、最後まで三井の不気味さを警戒していた。だからこそ、三井にボールが渡れば慌てて戻り、「もう オレは腕も上がんねーのによ……」という言葉を素直に信じて裏切られ、挙句の果てにファウルを誘われ……と、見事に振り回されてしまったのだろう。
もしも彼が自分の直感を信じて三井から離れなければ、あるいは逆に“俺にボールを集めてくれ”とでも言っていれば、とうに限界を超えた三井を完全に潰すことができたかもしれない。しかし松本には、あの場で己を貫くほどの強靭なメンタルや傲慢さはなく、かといって完全に三井を無視するだけの思い切りもなかったようだ。
もっとも、あのとき松本にのしかかっていた重圧を考えればそれも無理からぬことであり、巷で“メンタルが弱い”と評されているのは気の毒だ。
思うに彼は、極めて優秀なプレイヤーでありながらも、我を通すことなくチームや監督に合わせる、“真面目ないい選手”なのだろう。きっと普段の試合では堅実で良い働きをしているだろうに、悲しいかな我々読者が知るのは、三井に振り回される姿ばかりである。そこもやはり不遇に思えてしまうのだ。
このように、松本稔という男は高い実力を持ちながらも、名シーンでの失敗や性格ゆえに不遇な扱いを受けてきた。そんな彼の姿は、スポーツにおいて努力が必ずしも報われない現実や、チーム内の役割と個人の意志との葛藤を象徴しているのかもしれない。
現実世界では、日本人史上4人目のNBAプレイヤーとして注目を浴びている河村勇輝さんのように、日本人選手が世界で活躍する姿も増えている。だが、その陰に大勢いるであろう松本のようなプレイヤーたちに思いを巡らせると、なんとも言えない切なさすら感じられてしまう。
だが、これこそが「スポーツの厳しさ」なのだろう。松本の“その後”はどうなったのだろうか。いつか知りたいものである。