1975年から1994年まで長く続いたアニメ『まんが日本昔ばなし』。30分の放送枠で1、2本のエピソードが放送され、日本に伝わる昔話を朗読の形式でアニメ化するというスタイルで人気を集めた。
同作では、愉快な話や学びを得られる話、悲しい話など、さまざまな昔話をピックアップ。だが、そのなかには、赤子に手をかけてしまう「三本枝のかみそり狐」、飢えから殺し合いに発展した「飯降山」、柳の木を切ったがゆえに大勢が死んだ「十六人谷」といった怖いエピソードも放送された。
視聴者の想像力を刺激する朗読スタイル、独特の絵柄、やや暗めに描かれたアニメーションなどがマッチし、大人になっても忘れられないトラウマ作品になった人も少なからずいるようだ。
そんな『まんが日本昔ばなし』で描かれた、恐怖エピソードを振り返ってみよう。
■ちょっとした油断が命取りに… 「吉作落とし」
「吉作落とし」は幽霊やお化けの怖さではなく、ちょっとした油断が命取りとなった、労働災害的な怖さが描かれたエピソードである。
吉作という若者は、崖際に生える性質を持つ「岩茸」というキノコを採ることを生業にしていた人物だ。岩茸取りは、片手で命綱を握って断崖絶壁を移動しながら行う、非常に危険な仕事である。
ある日吉作は、新しい山で岩茸取りの作業中、崖の途中にあった岩棚で休憩をとる。そして崖上に戻ろうとしたが、移動手段の綱は手の届かない位置にあり、岩棚に取り残されてしまう。
自力で戻れなくなった吉作は、救助を求めて絶叫。やがて飢えと寒さにより意識も失いつつあった吉作は、冷静な判断もできなくなり、自ら岩棚から絶壁の下に飛び降りたのだった。
断崖絶壁のわずかな空間に、たったひとりで取り残される恐怖や、ちょっとした油断が文字通り命取りになった恐怖が伝わってくる非常に恐ろしい話である。
吉作が焦る様子も生々しく、業務上の「ヒヤリハット」が取り返しのつかない事態に発展する流れは、現実社会にもありえそうなリアルさが感じられる。
■1話のなかにニ度訪れる恐怖… 「松山の洞窟」
「松山の洞窟」の回は、戦のあと、ひとりの落ち武者が、村の近くにある洞窟に身を隠すところから物語が始まる。厄介事に巻き込まれたくない村人たちは、落ち武者のことを見て見ぬふりをした。
しかしある晩、落ち武者が潜んでいた洞窟が豪雨によって崩壊。洞窟は崩れた大岩によって塞がれてしまう。
こうなると、ひとりの力ではどうすることもできず、落ち武者は洞窟内から懸命に助けを呼んだが、かかわりたくない村人たちはその声を無視した。そして数日後、とうとう落ち武者の声は聞こえなくなり、力尽きて死んだと村人たちは胸を撫でおろす。
だが、この物語はここで終わりではない。しばらくすると洞窟から悲しげな歌が聞こえてくるようになり、村人たちは恐怖することになる。
そして、その出来事から何十年か経ったとき、酔っぱらいの農民が洞窟に近づくと、洞窟を塞いでいた大岩が突然持ち上がる。
そこには大岩を持ち上げる白骨化した落ち武者の姿があった。すでに肉体は朽ち果て骸骨となった落ち武者は、どうしても最後に太陽の光を浴びたかったのかもしれない。
落ち武者を見殺しにした村人の後ろめたさや、孤独と絶望のなかで死んでいった落ち武者が味わった恐怖。それに加えて、最後の最後にホラー要素で畳みかけるという二段構えが印象的なエピソードである。
大部分が静止画で話が進む点は通常のアニメとは違った異様さがあり、最後にドクロのアップが映し出される演出も精神的にくるものがあった。