■「ぬりかべ」は暗闇が作り出した?

 福岡や大分など九州地方では、夜道を歩いていると突然前に進めなくなるという伝承がある。横にそれてもやはり進めず、まるで目の前に見えない壁が広がっているようだという。この現象こそ、「ぬりかべ」という妖怪の仕業とされている。

 その正体は砂かけばばあと同じく狸やイタチとする説が多いようだが、現象そのものについての説明はあまり見かけない。

 とはいえ“夜道で突然前に進めなくなる”というのは、比較的分かりやすいことではないかと思う。今と違って電気などなく、本物の暗闇がすぐそこにあった時代。提灯一つで闇夜を行くさなか、ふと不安や恐怖に囚われて進めなくなることがあっても不思議はないだろう。闇が消えつつある現代では、ぬりかべは真っ先に消えてしまう妖怪かもしれない。

■子どものしつけにも大活躍の「一反もめん」

「鬼太郎ど~ん」とのんびりした九州弁が可愛らしい「一反もめん」は、その方言どおり鹿児島県に伝わる妖怪だ。

 夕暮れ時になると、どこからか一反(10メートル×30センチくらい)ほどの木綿のようなものが飛んできて顔に巻き付いて窒息させたり、人をさらったりするのだという。昔は夕暮れ時になると親が子に“早く家に帰らないと鬼にさらわれるよ”などと言ったものだが、伝承地では鬼ではなく一反もめんがさらいに来るそうだ。

 この地方では土葬の際に墓に木綿の旗を立てる風習があり、これが風に飛ばされてひらひら飛んでいるのが一反もめんの正体ではないかという説がある。墓に立てていた旗が夕暮れどきに飛んでいるさまは、たしかに不気味に思えるのも分からなくはない。恐ろしい話を付属させて子どもを脅すには十分な材料だ。

 

 こうして見ると妖怪の正体とは、日常の些細な不思議と、それに対する人々の不安や恐怖といった心の動きなのだろう。現代人はそういった感情を必死に排除しようとするが、昔の人々は妖怪の仕業と捉えて共存しようとした。その心の余裕を見習いたいものだ。

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