■気に食わない者を存在ごと抹消!「どくさいスイッチ」
最後に、今回紹介するなかではもっとも“闇深”であろうひみつ道具を紹介する。
てんとう虫コミックス第15巻「どくさいスイッチ」の回にて。野球の練習で毎回のようにジャイアンにしごかれるのび太は、“ジャイアンさえいなければ”と考えるようになる。そんなのび太にドラえもんは、「どくさいスイッチ」というひみつ道具を渡す。
未来の独裁者が作らせたというその道具は、スイッチを押すことで気に入らない人間を消し去ることができる恐ろしいものだった。
さすがののび太もこの道具の恐ろしさに戸惑い、スイッチを押すことを躊躇していた。しかし、そこに運悪くジャイアンと出くわし追い回され、逃げ場がなくなったのび太はとうとうスイッチを押してしまう。すると一瞬にしてジャイアンは消え、存在自体が人々の記憶から消えてしまった。そして、さらに勢いでスネ夫まで消してしまったのび太は恐ろしくなり、“もう二度と使わない”と誓う。
しかしのび太は、2人を消してしまった罪悪感により夢でうなされ「だれもかれもきえちまえ」と近くにあった「どくさいスイッチ」を誤って押してしまい、世界中のすべての人間を消してしまった。
通常の人間であればこの時点で精神が崩壊してもおかしくないのだが、のび太はしばらく、このディストピアのような世界を一人満喫しており、異常なまでのハートの強さを見せていた。
しかし、さすがにこの悠々自適な時間も長くは続かず、のび太はみんなを消してしまったことを心から後悔し反省した。すると、消えたはずのドラえもんが現れて「どくさいスイッチ」の本来の目的は“独裁者を懲らしめるための発明”だったと明かすのだ。
リセットされ、全部が元通りになった世界では、ジャイアンやスネ夫の存在さえも嬉しくて仕方がない様子ののび太だった。
独裁者を懲らしめるために作られたとはいえ、人類すべてを消せるというのはやはり危なすぎる。それよりなにより、「じゃまものはけしてしまえ」とのび太を促すドラえもんの姿が、このエピソードで一番恐ろしかったかもしれない。
『ドラえもん』に登場する素敵なひみつ道具の数々は、藤子さんが現代版のおとぎ話のように“人が正しく生きることの大切さ”を子どもたちに優しく面白く教えてくれている。
今回紹介した一見恐ろしく思える“闇深なひみつ道具”でさえも、不思議とそんな藤子さんの優しい気持ちを感じることができた。