■あの“絶世の美女”も九相図に…
そもそも、なぜこのようなゾッとする絵を描く必要があったのか。それは、修行僧が肉体の不浄を知って色欲を断つためだとされている。つまり、“どんなに心奪われる美女も、死ねばどうせ腐って骨になるだけよ”ということだ。というからには、九相図に描かれた死体は美女のもの。なかには、世界三大美女の一人で知られる小野小町の九相図も現存しているという。
ちなみに小野小町については、こんな怪談が残っている。
今は昔、古典の教科書でもお馴染みの在原業平が旅をしていたときのこと。ススキのなかから「秋風の吹きちるごとに あなめあなめ(秋風が吹くたびに、あぁ目が痛い!)」という歌が聞こえる。何かと思って見てみると、ドクロが転がっており、その目の穴からススキが生えていた。
村人の話によると、それは小野小町のドクロだという。若い頃は絶世の美女ともてはやされた小町も歳をとって美貌は衰え、挙句の果てにこんな姿になってしまった……ということだ。
気の毒に思った業平は「小野とはいはじ すすき生ひけり(小野小町の哀れな最期だとは言うまい、ただススキが生えているだけだ)」と返した。すると、ドクロの声は止んだのだという。
小野小町が本当に成仏できたかは分からないが、村人の話を聞くにつけ、人の世を呪いたくなる気持ちもまぁ分かる。
小野小町九相図をはじめ、現存する九相図は美術館や寺院で公開されていることもあるので、興味のある人はぜひ実物を見に行っていただきたい。
九相図は決して呪物ではないが、この世の無常に寄せて、見る人の心にさまざまな感情を惹起させる。そういう点では、ある意味どこか呪物的な側面を持つとも言えるのかもしれない。