『100万円クイズハンター』に『世界まるごとHOWマッチ』も…お茶の間を賑わせた“80年代懐かしの人気クイズ番組”の画像
PlayStationソフト『100万円クイズハンター』

 テレビが大きな娯楽であった80年代、家族で楽しめるチャンネルといえばクイズ番組であった。たとえば高校生の頭脳頂点を狙う『高校生クイズ』(全国高等学校クイズ選手権)は、高校生たちの知識とひらめきを競う内容で、放送開始から41年が経った今でも継続されている人気番組だ。

 令和になった現在、昭和から続くクイズ番組はめっきり減ってしまったが、80年代にはお茶の間をにぎわせた面白いクイズ番組がたくさんあった。ここでは、80年代の懐かしい人気クイズ番組を4つご紹介しよう。

■ハンターチャンスにハラハラ! 『100万円クイズハンター』

『100万円クイズハンター』は、1981年から1993年までテレビ朝日系列にて放送されたクイズ番組である。おもに平日の朝10時から30分間放送され、主婦が家事の合間に視聴していたクイズ番組であり、学校がない時期に楽しんでいた子どもたちも多かっただろう。

『100万円クイズハンター』は、俳優の柳生博さんが司会を勤め、参加者は一般人であった。20個のマスからクイズを選び、早押しで答えて正解するとそのマスにある数万円相当のプレゼントがもらえる。1問正解するだけで10万円のホテル宿泊券なども当たるので、たとえ優勝しなくても数問正解できればかなりお得だ。

 また、番組後半には「ハンターチャンス」という展開があり、問題に正解すれば、ほかの解答者が獲得した賞品を奪うことができた。人によっては景品がどんどん奪われてしまい、それがかわいそうでハラハラして見ていたもの。

『100万円クイズハンター』は、その豪華景品も見ものだった。番組が用意した景品の総額はなんと38億円にも及んだそう。そもそも回答者は参加するだけでお菓子セットなどがもらえ、観覧席にいる人にもボールペンなどのちょっとしたおみやげがあった。まさに大盤振る舞いで、バブル期ならではの豪華さが見受けられるクイズ番組だった。

■豪華な出演者のトークも面白い『世界まるごとHOWマッチ』

『世界まるごとHOWマッチ』は1983年から1990年まで、TBS系列ほかで放送された番組だ。

 世界中のあらゆるものの値段を当てるクイズ番組だが、回答は「円」ではなく現地の通貨で答えなくてなならない。当時の通貨はドイツはマルク、ロシア(当時はまだソ連だった)はルーブル通貨であった。当時小学生だった筆者はこの番組を通して、世の中には多くのお金の種類があり、国によって物価がかなり違うことを学んだ。

 こちらの番組に出演する芸能人は司会に大橋巨泉さん、そして回答者は石坂浩二さんやビートたけしさんなど、豪華な顔ぶれも話題だった。

 クイズの内容はもちろん、出演者たちの軽妙なトークも見どころだった。若かりしたけしさんが毒舌を吐き、巨泉さんに怒られていた姿を覚えている。また流ちょうな日本語をしゃべるチャック・ウィルソンさんや、ケント・ギルバートさんが自国の文化などを解説しつつ、クイズに参加していたのも印象深かった。

 日本で活躍する外国人タレントの先駆けを作ったともいえる番組だろう。

■アンケート型クイズ番組の基礎『クイズ100人に聞きました』

『クイズ100人に聞きました』は、1979年4月から1992年9月までTBS系列で放映されていた番組である。司会は関口宏さん、回答者は一般人を中心に5人ずつの2チームに分かれて対戦をする。問題例は“小学生100人に聞きました、夏休みにしたいことは何か? その1位から6位までを当てろ”といったクイズだ。

 この番組は観客からの声かけも印象的。たとえば先ほどの問題で「プール!」と答えた芸能人に対し、観客が一緒になって「あるある!」と場を盛り上げる。当時小学生だった筆者も一緒になって「あるある!」と言ったり、あまり好きではない芸能人が出演したときの回答には「ないない!」とテレビの前でヤジを飛ばしたりもして楽しんだ記憶がある。

 今もアンケートの集計結果から1位から10位までを当てろといったクイズ番組は多いが、『クイズ100人に聞きました』はその先駆けとなった番組だろう。視聴者のアンケートが回答になっているので、自分だったらアンケートにどう答えるかを想像しながら回答を予想するのも面白かった。

■これぞバブル時代のクイズ番組『アメリカ横断ウルトラクイズ』

 最後に、80年代の豪華なクイズ番組として『アメリカ横断ウルトラクイズ』を紹介したい。こちらの番組はおもに1977年から1992年にかけ、日本テレビ系列で放送された視聴者参加型のクイズ番組だ。

 日本でクイズに勝ち抜いた人だけが世界各地に行くことができ、現地で展開されるクイズに正解したら、さらに次の国に行ける。しかし不正解の場合は現地に取り残され、その島から手漕ぎボードで日本に帰らなくてはならないといった演出もあった。幼かった筆者はそのシーンを見て、本気で心配していた……。

 筆者は今でもこの番組のタイトルを聞くとトランペットが奏でるオープニング曲が頭に流れ、アナウンサー・福留功男さんの「ニューヨークに行きたいかー!」の掛け声が響く。

 番組ではハワイや南極圏など多くの場所を巡ってクイズを展開しており、バブル経済時代の裕福な番組制作スタイルがうかがえる。優勝賞品にはラスベガスの土地1エーカーなど、豪華でユニークな景品も話題になったこちらの番組。1998年に一度復活したものの、予算の関係もあってか、それ以降は見ることができないのが残念だ。

 

 80年代の人気クイズ番組の多くは夜の19時~22時のゴールデンタイムに放送されており、視聴者の多くは夕飯を食べながら楽しんでいただろう。世界一周旅行といった豪華プレゼントも多く、回答者が全問正解やピタリ賞を出すと、見ているこちらまで興奮したものだ。これを機に、自分にとって思い出のクイズ番組を振り返ってみてはいかがだろうか。

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