シュールかつ怖い…今再び注目される「恐ろしくてビビった」藤子・F・不二雄のすごい短編3選の画像
(C)藤子プロ・小学館

 藤子・F・不二雄氏といえば、『ドラえもん』『パーマン』『キテレツ大百科』などの児童向け漫画を世に多く出してきた漫画界のレジェンドだが、氏の作品の中には大人読者でもビビってしまう刺激的で恐怖に満ちた短編がいくつもある。

 藤子氏は1969年に雑誌『ビッグコミック』(小学館)で『ミノタウロスの皿』が掲載されたことをきっかけに、以降各誌にて「SF短編」と呼ばれるシュールな世界観の短編を多数発表してきた。

 2023年4月からNHK BSプレミアムでは『藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ』として映像化され、「流血鬼」「メフィスト惨歌」「定年退食」などを放送。また4月7日からはこれまでに発表された「SF短編」全111作を収録した決定版『藤子・F・不二雄SF短編コンプリート・ワークス』が全10巻で随時刊行。今再び、藤子氏のもうひとつのライフワークである「短編」が注目されている。

 今回は藤子・F・不二雄氏の短編エピソードの中から、背筋も凍るような作品をいくつか紹介していきたい。

■可愛らしいキャラクターが脅迫&誘拐『ヒョンヒョロ』

 まず最初に紹介するのは1971年に『SFマガジン』増刊号(早川書房)で発表された『ヒョンヒョロ』だ。うさぎのぬいぐるみのような姿形をした異星人が少年・マーちゃんの家にやってくるという、「ドラえもん」や「チンプイ」のような設定と思いきや、この異星人が「ヒョンヒョロ」という宇宙で最も価値のあるものを寄越せと脅迫と誘拐を仕掛けてくる話。いつもの藤子氏と同じ絵柄ながら、まるでセルフパロディ的なホラー展開に恐ろしくなってしまう。

 うさぎは見た目もかわいく、カタコトのことばを喋り滑稽で愛くるしい振る舞いをしている。だがマーちゃんの両親が「ヒョンヒョロ」がなんのこっちゃかわからないと言うと、態度が豹変。「誘拐ヲ実行スル!!」と叫び、地球人全員を誘拐してしまう。そして翌朝、目が覚めたマーちゃんがママを呼ぶも、町はシーンと静まり返っている。

 マーちゃん一人だけが地球に残されたと想像すると、ゾッとする。

■少女との悲しき出会い『カンビュセスの籤』

 次に紹介するのは1977年に小説誌『別冊問題小説』(徳間書店)に発表された『カンビュセスの籤(くじ)』。くじで当たりを引いた者が、飢える仲間のために自ら食料になれるかというテーマの話である。

 物語は兵士・サルクが、砂漠で遭難していたところから始まる。そしてたまたま見つけた建物に入ったことで23万年以上先の未来に迷い込み、エステルという少女と出会う。
 サルクはもともと5万人の軍勢とともにエチオピアを目指していたが、遠征半ばで食糧が尽きてしまった。馬を食べ、道に生えた草を食べ、なんとかしのいでいたが、砂漠でそれも叶わなくなってしまう。そして兵たちが最後にとった手段というのが、10人のうちでくじを引き、当たった一人を全員で食べるというものだった。サルクはこの「くじ」で当たりを引いてしまい、逃げた果てに遥か未来にタイムスリップしてこの建物にたどり着いたのだった。

 翻訳機が直り、ようやく互いのことが話せるようになった少女・エステルは、サルクに衝撃の事実を告げる。それはエステルの時代に終末戦争が起こり、シェルターにいたわずかな人間だけが生き残ったということ。

 地球は破壊され植物も生えず、1万年人工冬眠をしても環境は変わらず。地球外に向けて助けを待ち続けるしか方法はなかったが、少しでも長く冬眠を続けるためには食糧を取る必要があった。そして破壊された地球で食糧にありつけるわけもなく、エステルは仲間たちでくじを引き、当たった人間を食べて生きながらえてきたと話す。エステルは最後の生き残りだったが、サルクが来てくれたおかげで、もう一度チャンスができたと話す。

 サルクとエステルは2本のくじを引き、当たったのは……。

■従順寡黙な人ほどご用心『コロリころげた木の根っ子』

 最後に紹介するのは1974年に『ビッグコミック』で発表された『コロリころげた木の根っ子』だ。前の2つはSF要素が強いエピソードだったが、こちらは現実世界・日常生活で起こりそうなサスペンスタッチの作品。

 この短編のメインキャラクターである作家の大和先生は亭主関白な男性で、気に入らないことがあると妻にDVをして当たり散らしている。客人の前でも妻を平気で殴り、自分の愛人に電話までかけさせる。その妻といえば、夫の暴力や理不尽な仕打ちにも従順にしたがっているように見えたが、実は夫に死んでもらおうと、物言わぬ一方でいろいろと動いていたのだ。

 水銀に汚染された魚を食卓に出したり、ガスが充満した汲取式トイレでタバコを吸わせて爆発死させようとしたり、猿をペットとしてプレゼントして伝染病に感染させようとしたり……。そしてタイトルにある通り、酒の空き瓶を階段のそばに置いて転げ落ちさせようと画策している。

 この作品には、故事成語の守株をテーマにした奥深さや何度も読み返したくなる伏線が短い間にもいくつもはられている。人間的な怖さを思い知らされた作品でもある。

 藤子・F・不二雄氏の短編には他にも、人間と牛の立場が逆転した『ミノタウロスの皿』や1970年代のコインロッカーベイビーをテーマにした『間引き』など、面白く、そして恐怖を味わうことができる作品が多くある。

『藤子・F・不二雄SF短編コンプリート・ワークス』は2023年4月から順次発売しているので、未読の方にはぜひ手にとってほしい。