「十二国記」画集《第二集》青陽の曲(山田章博/新潮社)書影
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 ネットの風物詩のひとつに「○○を学ぶ必要性って何?」という論争がある。〇〇には様々な科目や単元が入るのだが、よく挙がるのが“三角関数”そして“古文漢文”だ。三角関数はともかく、確かに古文漢文は活用範囲が狭いかも…と思っていたが、アニメを観ていると思った以上に「カッコイイ日本語(カタカナではない、程度の意味)呪文」が多い。そして、そのほとんどが口語調ではなく文語調。もしや、古文漢文を学んでいたからこそ、このカッコよさを味わえているのでは…!? そう気付かせてくれた数々の名呪文から、いくつかピックアップしてみた。

■オカルト系の基礎知識!九字護身法

 まずは定番中の定番、九字護身法。修験道や陰陽道、忍術などで使われる

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」

というアレだ。意味は「臨める兵、闘う者、皆陣をはり列をつくって、前に在り」。ただし宗派や目的によってバリエーションがあるようだ。手で印を結ぶ、四縦五横の線を空中に描く、といった所作を伴うこともあり、悪霊や邪気を払うと言われている。

 かなりポピュラーな言葉とあって、これは様々なアニメ作品に登場。80~90年代前半の『孔雀王』や『宇宙皇子』、90年代中盤『美少女戦士セーラームーン』シリーズ、00年代『ゴーストハント』、10年代『RDG レッドデータガール』と、パッと思い出せるだけでも各年代挙げられるほど。もちろん漫画や小説、実写作品も含めたら膨大な作品数になるはずだ。

DVD「美少女戦士セーラームーン Vol.3」ジャケット画像
DVD「美少女戦士セーラームーン Vol.3」ジャケット画像
©Naoko Takeuchi ©武内直子・PNP・東映アニメーション

 この中で特に印象深いのは、今なお世界中で愛されている伝説的な少女漫画・アニメである『美少女戦士セーラームーン』シリーズ。富沢美智恵演じるセーラーマーズが指先にお札を挟み、九字に続けて「悪霊退散!」と言い放つ凛々しさには、多くの少女たちが憧れたものだ。

■いたいけな少年が覚醒する瞬間を釘宮理恵が熱演

 九字が登場するアニメ作品と言えば、2002~03年のアニメ『十二国記』も外せない。先程挙げた『ゴーストハント』と同じ小野不由美原作による、骨太な中華風異世界ファンタジーだ。

十二国記 Blu-ray BOX 2 「風の海 迷宮の岸」ジャケット画像
十二国記 Blu-ray BOX 2 「風の海 迷宮の岸」ジャケット画像
©小野不由美・講談社/NHK・NEP・総合ビジョン

 本作で九字が登場するのは、第十五話~第二十一話「風の海 迷宮の岸」。原作ファンの間でも人気の高い、運命に翻弄される少年・泰麒を中心としたストーリーだ。異世界の霊獣・麒麟でありながら現実世界に生まれてしまい、異世界に戻っても麒麟としての能力を取り戻せず、周囲に気を遣ってばかりの優しい少年を、釘宮理恵が演じている。
 第十七話で子安武人演じる景麒が泰麒に九字を教えるくだりがあるのだが(「臨兵闘者皆陳烈前行」という、前述とは違うバージョン)、本作には他にも唱えたい呪文がある。第十九話、妖魔を前に絶体絶命の状況に陥った泰麒は、

「鬼魅は降伏すべし、陰陽は和合すべし。鬼魅降伏、陰陽和合、急急如律令!」

と渾身の気迫を込めて唱え、妖魔を僕にするのだ。それまで頼りなくいたいけな少年だった泰麒が、まさに霊獣らしい威厳と覇気を放つ名シーンであり、そこに釘宮理恵の澄んだ力のある声が確かな説得力を与えていた。そして泰麒はこれをきっかけに麒麟としての力を覚醒させていく。
 なお呪文ではないが、麒麟が王を選ぶ際の誓約の言葉「御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約する」も、心が震えるカッコよさ。“天帝”や“西王母”が登場する中華風ファンタジーらしく、『十二国記』は漢文を思わせる格調高い名文ばかり。気になる方はぜひ、原作の文章も味わってみてほしい。

「風の海 迷宮の岸 十二国記」(小野不由美・著/新潮文庫)書影
「風の海 迷宮の岸 十二国記」(小野不由美・著/新潮文庫)書影

 

■幼さと慈愛を両立させる井口裕香の演技力

 最後に挙げたいのは、19年からアニメ放送されている『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~』。異世界転生ものの大ヒット作であり、本が非常に高価な世界に転生した少女が、本作りとその普及を目指して邁進するストーリーだ。主人公・マインの声は井口裕香が演じており、その演技からは愛らしい見た目と裏腹な本への熱意と行動力、そして凄まじい意志の強さが伝わってくる。

『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~』第三期KV
『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~』第三期KV
©香月美夜・TOブックス/本好きの下剋上製作委員会2020

 本作にも様々な呪文(祝詞)が登場するが、昨年春に放送された第三期の最終話・第三十六章「祝福」でマインが唱えた祝詞は、ひときわ印象深い。平民に生まれたマインが領主の養子になることが決まり、家族と絶縁しなければいけなくなったシーン。もはや顔を合わせても家族と名乗り合えなくなる、その別れのときに、彼女が家族へ祝福を与えたときの祝詞だ。

「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神
 広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神
 水の女神 フリュートレーネ
 火の神 ライデンシャフト
 風の女神 シュツェーリア
 土の女神 ゲドゥルリーヒ
 命の神 エーヴィリーベよ
 我の祈りを聞き届け 祝福を与え給え
 御身に捧ぐは我が心
 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん
 痛みを癒す力を 目標に進み続ける力を
 悪意を撥ね退ける力を 苦難に耐える力を
 我が愛する者達へ」

 井口裕香の声の幼い愛らしさに加えて、慈しみすら感じさせる響きで唱えられる、家族への深い愛情が込められた詠唱。えもいわれぬ感動に包まれる、素晴らしい第三期クライマックスだった。

 今回挙げたもの以外にも、ライトノベル黎明期の名作『スレイヤーズ』シリーズをはじめ、『カードキャプターさくら』、『BLEACH』、『Fate』シリーズなど、口に出してみたくなるカッコイイ呪文が登場する名作アニメは数多い。これらの意味を理解し、魅力を堪能し、なんならアレンジだってできるのは、古文漢文の基礎知識があってこそ。活用表を丸暗記したり、ノートに訓読文・書き下し文・現代語訳をイチイチ書いたりしたあの苦労は、このためにあった…のかもしれない?

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