『チェンソーマン』の新しさ! 夢なき若者が“胸を揉むため戦う”少年漫画の最前線の画像
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 少年漫画誌の金字塔、『週刊少年ジャンプ』(集英社)。しかし、『BLEACH』も『NARUTO-ナルト-』、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』など長期連載漫画が次々と完結した今、「昔はジャンプを読んでたけど今は……」という方も多いのではなかろうか。そんな今、少年漫画界に新たな風が吹いている。

 2019年1号より連載スタートした藤本タツキ氏による『チェンソーマン』だ。

 莫大な借金を抱えた少年・デンジは、“チェンソーの悪魔”ポチタとともに“デビルハンター”となり、その報酬で借金返済をしながら生計を立てていた。しかしある戦いの中で、仲介役のヤクザに騙されたデンジは“チェンソーの悪魔”と契約し、合体することで窮地を脱する。半人半魔の主人公による退魔アクションのはじまりだ。

 こうしてみると普通の少年バトル漫画のような趣だ。少年漫画のセオリーは“友情・努力・勝利”だと言われることもあり、その中で大きな目標を達成するところにカタルシスがある。

 ところが『チェンソーマン』の主人公・デンジには「夢がない」。自分にとって大きな目標がなんなのか分からないという、新しい主人公像なのである。第1話の冒頭では、借金返済のために内臓を売ったことを述懐するデンジの姿が描かれており、この時点で彼は自分の人生を借金返済のためだけに費やすつもりでいる。

「この間聞いたんだけどさ 普通食パンにゃジャム塗って食うらしいぜ/まーオレたちにゃ普通なんて夢の話だけどな 死ぬまで借金返し終わる気しねーし」(第1話)

 食パンにジャムを塗るような「普通の生活」さえも夢のまた夢であったデンジは、しかし後に公安のマキマという女性にスカウトされ、公安のデビルハンターとして正規雇用されることになる。なんとなく思い描いていた「普通の生活」をあっさりと手に入れてしまうが、しかし、何か物足りない……。

 そこで今度は、デンジは上司となったマキマに惚れ込み、「胸を揉みたい!」という欲望だけで戦うことになる。

 周囲の人間たちは誰かのために必死に戦っているにも関わらず、デンジの夢といえば借金返済、普通の生活、マキマさんとつきあいたい、胸を揉みたい……。

 状況に流されてただ欲望のまま戦うデンジは、その時々には真剣であるとはいえ、一見すると芯のない軟派なキャラクターのように見える。しかしはたして本当にデンジは夢のないブレた人物なのだろうか?

 胸を揉むことが人生の最大の目標であるならば、揉んでしまうだろう。しかし結局のところデンジは、強引に目標を達成したりはしない。このことは、デンジの中で「胸」よりも大きな倫理観があるということの表れなのだ。

 つまり本人の自覚していないところで、何か大事な信念を抱いている。たとえばそれは「人を傷つけたくない」ということかもしれない。当たり前のことだが、当たり前のことだからこそ大切なものだ。

 そういう意味では、少年漫画の主人公にふさわしいキャラクターだといえよう。

 生きる目的や夢がなんだか分からない、というのは現代の若者からよく聞く声の一つだ。「ただフツーに幸せに生きたいだけなのに、なんでうまくいかないんだよ!」という怒りが作品からも伝わってくる。

 そうやって読者に共感を誘いつつ、同時に主人公の強い信念も描くという、異色のバトル漫画である。

 大胆な筆致によるアクションシーンの痛快さも魅力の一つだ。

 5月2日に2巻が発売されたばかりの『チェンソーマン』。チェックしてみては? 

※画像は藤本タツキ『チェンソーマン』第1巻より

(文/漫画コラムニスト・トリカワマルケス)