『ジョジョ』に久保田利伸・千代の富士、『SLAM DUNK』には宮沢りえ…ジャンプ漫画に登場した「平成」を感じる芸能人ネタの画像
『ジョジョの奇妙な冒険』2nd Season スターダストクルセイダース DVD-BOX 1/2 (第1-24話)

週刊少年ジャンプ』(集英社)は1968(昭和43)年に創刊し、昭和、平成、令和と3つの時代にまたがって少年漫画界のトップを走り続けている漫画週刊誌だ。つまり、家庭によっては3世代にわたって影響を受けていることになるだろう。

 50年以上の歴史を持つジャンプには、その時代ごとに世間一般の流行を感じさせるネタや有名人が登場したりするので、昔の作品を今読み返してみると、そういうところにも懐かしさを感じてしまう。読者が年齢を重ねても、その場面を読むことで当時のことを思い出すことができる。そこには積み重ねてきた歴史の重みがある。

 そこで今回は、その中でも特に「平成」を感じることができる、ジャンプに登場した芸能人ネタを紹介したい。

■『ジョジョ』承太郎が好きだったのは久保田利伸と千代の富士

 今年2月から第9部『The JOJOLands』が連載を開始したことも話題になっている、荒木飛呂彦さんによる『ジョジョの奇妙な冒険』。その第1部が連載開始したのは1986(昭和61)年で、2005(平成17)年以降は掲載誌が『週刊少年ジャンプ』から『ウルトラジャンプ』へと変わってはいるものの、昭和・平成・令和と3つの時代にまたがって続いてきた長寿シリーズだ。そのため読者層の世代も幅広いが、40代から50代の読者は第1部から第3部にかけて特に懐かしさを感じることだろう。筆者もその1人だ。

 さて、『ジョジョ』の中に芸能人ネタなんてあったかな? と疑問に思ってしまうかもしれないが、第3部に登場したものを紹介したい。

 主人公の空条承太郎のプロフィール欄には、好きなミュージシャンとして「久保田利伸」と書かれているのだ。第3部が始まった1989年はちょうど昭和から平成に切り替わった年で、久保田利伸さんのメジャーデビューから3年後。前年にはシングル『You were mine』をリリースし、日本レコード大賞では金賞を受賞した、まさに旬のアーティストだった。しかし、スタンド名など洋楽のアーティストや曲名などにちなんだネーミングの多い『ジョジョ』で、日本人アーティストの名前が挙がるのはちょっと意外な感じがしたのを記憶している。

 さらに、承太郎は前述のプロフィール欄の「好きなスポーツ選手」で昭和から平成にかけて活躍した大横綱・千代の富士さんの名前を挙げている。第3部冒頭では、留置場にいる承太郎がラジオから流れる相撲中継を聴いている場面があり、それも千代の富士さんが勝ち「14戦全勝」となったことを伝えるものだった。また、花京院に対して「おまえ相撲好きか? とくに土俵際のかけひきを!」と問いかけるシーンもあり、承太郎の相撲好きは筋金入りだ。

 小柄ながら自分よりも大きな力士を倒していく姿が印象的だった千代の富士さんは、純粋な力だけでなく知略によって強い相手を倒していく描写の多い『ジョジョ』の作風にもマッチしているという気がする。

■『SLAM DUNK』桜木が赤木に贈った宮沢りえのグラビア

 昨年12月に公開された映画『THE FIRST SLAM DUNK』の大ヒットによって人気が再燃している、井上雄彦さんによるバスケ漫画『SLAM DUNK』。そんな『SLAM DUNK』が連載を開始したのは1990(平成2)年と、平成が始まってまだ間もない頃だ。バブル景気が崩壊したり、湾岸危機が起こったりと日本だけではなく世界が揺れた時期でもある。

 作中では桜木花道がバスケ部への入部の際にゴリこと赤木剛憲を説得するため、宮沢りえさんの雑誌グラビアの切り抜きを机の中にしのばせている場面があり、今読み返すとかなり懐かしく思ってしまう。現在も女優として活動している宮沢りえさんだが、『SLAM DUNK』連載開始当時は、弱冠17歳にして歌手に女優にCMにと引っ張りだこだった。

 不良だった花道が宮沢りえさんのグラビアが載った雑誌を買っていること、それを使ってゴリを落とせると思っていることは少し意外な気もするが、当時の人気を考えると納得してしまう。しかも同時に大量のバナナを贈っているのがまた面白い。

■『幽☆遊☆白書』和田アキ子が地震を起こした?

 1990(平成2)~1994(平成6)年に連載された冨樫義博さんによる『幽☆遊☆白書』も平成を代表するジャンプ作品だ。やはり今読み返してみると、時代を感じさせるようなネタが登場している。魔界の扉編でのワンシーンで、仙水との戦いでコエンマが魔封環を使用すると大きな地震が引き起こされ、大きな揺れを感じたモブキャラの1人が「和田アキ子のびんぼうゆすりじゃねー?」と話しているのだ。

 1960年代から歌手・女優・タレントとして活動している和田アキ子さんだが、1985(昭和60)年にスタートして現在も放送中の、自らの愛称を冠した情報バラエティ番組『アッコにおまかせ!』でメインパーソナリティを務めるなど、その知名度・影響力はすでに相当のものだった。芸能界の「ゴッド姉ちゃん」として知られ、今以上に色々な番組に登場していた人気者であり、テレビで見ない日はないくらいの活躍ぶりだったのだ。

 地震を貧乏ゆすりにたとえるというネタも、170センチ以上の身長で女性としてはかなり大きく豪快な武勇伝も多数あることから、人間離れしたイメージでイジっていた当時の風潮の現れでもあっただろう。

 

 昔の作品を読み返すと時折登場する、当時華々しく活躍していた芸能人が作品のネタとしてフィーチャーされている場面の数々。それ自体が懐かしいというだけでなく、自分が少年だったその当時どんなことをしていて、どんなことを感じていたのか、そういった思い出までが甦ってくるような錯覚を覚えてしまう。ジャンプが積み重ねてきた歴史は、そのままその読者が過ごしてきた人生に寄り添っているのだ。今まさにジャンプを読んでいる少年たちもきっと、何十年か後になって同じことを感じるだろう。これからも懐かしむことができるようなネタをどんどん提供してほしい。