『デスノート』『進撃の巨人』『SPY×FAMILY』も…一瞬で全てがなくなった…怖さすら感じる名作漫画の圧倒的「無」の演出の画像
『SPY×FAMILY』(C) 遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

 漫画の表現は多様なものだが、一瞬で全てがなくなる「無」を表現する演出の恐ろしさは、フィクションといえど、見ているだけでこちらも途方もない気持ちになる。その表現方法は作者によってさまざま。今回は、名作漫画の中で描かれた圧倒的な「無」のシーンを紹介したい。

 まずは、原作・大場つぐみ氏、作画・小畑健氏による『DEATH NOTE』(集英社)。物語のクライマックスでは、死神のリュークが主人公の夜神月(やがみライト)の名前をデスノートに書きその命を終わらせる。

 月が心臓麻痺になるまでの40秒はとてつもなくリアルに感じられた。その後、心臓麻痺のショックを受ける月の姿が描かれ、その次の見開き2ページは真っ黒に塗りつぶされて、文字通りの「無」が表現された。

 本誌掲載時のアオリ文には「人間は、いつか必ず死ぬ。死んだ後にいくところは、無である。」の文字。死とはこんなに恐ろしく虚無なものなのだと実感する秀逸な表現であった。

 同作のように、ページを丸ごと黒く塗りつぶしたり、白いページのままで何も描かないことで「無」を表現する手法もあるが、先ほどまで普通にあったものや人間たちが一瞬にして襲われ、その結果全滅してしまう様子を描くことで、絶望感を感じさせる「無」を感じさせる表現もある。

 諫山創氏による『進撃の巨人』では、1巻から突如巨人が攻めてきて、当たり前の日常が壊される様子が描かれた。その後も幾度となく巨人の襲来により人間たちが蹂躙され、仲間の命がどんどん失われていく。同作の絶望感を感じるところは、「これから活躍するかも」と思わせる有能なキャラであっても関係なく、巨人を前に一瞬で倒されてしまうところだ。調査兵団ナンバー2の実力のミケ・ザカリアスや女型の巨人の討伐に挑んだリヴァイ班の面々の死亡シーンは特にトラウマシーンとして名高い。

 また、未アニメ化の箇所なので詳細は省くが、遠藤達哉氏による『SPY×FAMILY』にも絶望を感じる「無」のシーンがある。それは主人公の、スパイである黄昏ことロイドが、スパイになるまでを描いた過去のシーン。先ほどまであったものが一瞬にしてなくなるシーンは胸にくるものがある。しかもその理由が戦争であるから、さらにやるせない。

 岸本斉史氏による『NARUTO-ナルト-』のメインキャラクター・うちはサスケの過去も悲しい。うちは一族は、サスケの幼少期に兄のイタチによって、一族を皆殺しにされ一晩で全滅した。自分の兄が身内の人間たちを全員殺すという衝撃。後にそれは世界の平和のための苦渋の選択の末だったとわかるが、サスケ目線で描かれた、自分の家で両親が折り重なって死んでいる様子が月明かりに照らされているシーンはあまりにも怖く感じられた。これまで家族で過ごしていた家の中での惨事は、幸せな気持ちまで全てなくなったような気持ちになる。

 大友克洋氏による『AKIRA』では、能力が覚醒した島鉄雄が世界を翻弄していく。

 アニメ版では、元々は大人しかった性格がどんどん凶暴になり、最終的には「助けてくれ……」とカネダに言いながら赤子の姿をした巨大な肉塊のような怪物に変貌を遂げ、周囲を飲み込んでしまう。

 鉄雄の同級生だったカオリが肉塊の手によってとらわれ、体内に巻き込みそのまま圧殺してしまうグロテスクなシーンがリアルに描かれ、多くの人にとってのトラウマシーンとなった。どんどん周囲を侵食していく様子はまさしく破壊神。まさしく全てを無に帰するシーンだった。

 一瞬で全てがなくなる「無」のシーンといっても、その表現はさまざま。書き込みの量もシンプルであったり細かかったりとさまざまだが、いずれも登場人物の計り知れない絶望を感じるものばかりだ。