『ジョジョ』ジョセフに『キングダム』飛信隊…逃げるが勝ち! 「主人公の退却」が勝利への鍵を握ったバトル漫画のシーン3選の画像
『キングダム』19巻 [DVD](エイベックス・ピクチャーズ)

 バトル漫画には、単純に強いから勝てるというわけではないという戦況がしばしば登場する。強さでは劣っていても、戦略や戦術を練ることによって、力の差をひっくり返すこともできるのだ。そのためには、相手の戦力をじっくりと見極めることが必要になる。

 そして、絶対的窮地を生き延びてこそ逆転が可能になるのだということも忘れてはならない。 つまり、勝つためには一時の敗北を受け入れることも時には重要なのだ。「逃げることは恥」という美学もあるだろが、戦略的撤退は決して恥ずかしいことではない。なぜならそれが勝利につながることもあるからだ。

 そこで今回は、逆転勝利への鍵を握った、バトル漫画の退却シーンを紹介していきたい。

■『ジョジョの奇妙な冒険』ジョセフ・ジョースター

 荒木飛呂彦氏による『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社)に登場するジョセフ・ジョースターは、作中きっての策士である。ジョジョの主人公といえば、ジョナサンや承太郎など、正々堂々と敵と真っ向勝負するキャラクターが多いが、ジョセフはひと味違う。相手の能力や性格を見て、あっさり退却してしまうのだ。これには筆者も驚かされた記憶がある。

 第2部でジョセフは、実に2度も戦いの最中に退却している。ストレイツォとの戦いと、ラスボスであるカーズとの戦いだ。

 ストレイツォは波紋の使い手の吸血鬼というかなり異質な存在だったので、能力や戦力を見極めるためにジョセフは時間が欲しかった。一時的に撤退して逃げている間に、ストレイツォの能力を逆手に取る方法を考えていたのだ。そしてストレイツォの目から放たれるビーム「空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)」を波紋を通したグラスで跳ね返し、勝利へとつなげている。

 一方のカーズ戦では、究極生命体となったカーズを前に、ジョセフはやはり一時退却を選択している。しかし、ただ逃げるだけでなく追ってくるカーズに必死の抵抗を見せながら倒す方法を模索し、ついにはカーズを宇宙へと吹き飛ばすことに成功した。これには、すぐにとどめを刺さず深追いしてしまったカーズの慢心も一因としてあるだろうが、退却しながらも決して勝利を諦めなかったジョセフの精神力が幸運を呼んだとも言えるだろう。

■『キングダム』飛信隊

 原泰久氏による『キングダム』(集英社)は、中華統一のストーリーで、多くの人間が犠牲となる血なまぐさい戦いの連続だ。主人公の信が、大将軍を目指し成長していく姿も見どころだが、中には相手に全く歯が立たずに撤退を余儀なくされてしまう場面もある。

 それが龐煖(ほうけん)の襲来で、副将の万極を引き連れて夜襲を仕掛けられた時には、信が率いる飛信隊は何もできずに敗走させられることになった。圧倒的な力の差で蹂躙され、信だけでも逃さなくてはという部下の想いと数多くの犠牲によって信は生かされる。

 信は側にいるだけで周囲の人間を鼓舞することができる不思議な魅力を持ち、さらに戦いを通して急成長するので、「今は駄目でも、いずれ信なら何とかしてくれる」という希望を与えることができるのだろう。

 そして、そんな期待に応えるのが信の武将としての才でもあるのだ。退却後に万極軍と再戦をすると、格上である万極に強靭な精神力で立ち向かい勝利した。さらにその後、手が届かない強さと思えた龐煖も信が下すことになる。無残に敗れて退却することは、その時点ではただの敗北だが、そこで命を長らえたことで得られる勝利もあるのだ、ということが現れたエピソードだ。

■『修羅の刻』陸奥雷

 川原正敏氏による『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』(講談社)は、古武術・陸奥圓明流の使い手として陸奥の名を継ぐ男たちの戦いである。しかし、中には陸奥の名を継ぐことができなかった者もいる。それが陸奥雷(あずま)で、西部開拓時代のアメリカに単身渡った雷は、先住民とアメリカ政府軍との争いに巻き込まれていく。

 雷は一宿一飯の恩義を返すために先住民のために戦うことになる。名は継げなかったとはいえ、陸奥圓明流の継承者候補であった雷は尋常ではない強さを持っており、銃を持つ相手をも恐れない。ところが、「死の五人組」の1人であるガンマンのベンに不覚を取り、背後からの銃撃を許してしまう。しかも仲間のニルチッイが人質に取られてしまったから絶体絶命のピンチだ。

 ここで陸奥の技を使って倒すのかと思いきや、なんと雷はニルチッイを置いてその場から逃げ去ってしまう。これには陸奥の強さを知る筆者からすると、「あの陸奥が敵前逃亡するのか?」と驚いてしまった。

 しかしそれは、ニルチッイを救出するために必要なことだった。雷は優しすぎる性格のため、自分の中の修羅を封じ込めていたので、それを解放させるために時間が必要だったのだ。そして、いざ覚悟を決めた時の雷の強さはまさに別次元。鉄製の鍬の先をナイフで切り落とすと、ベンたちに投げつけ瞬殺してしまった。あまりにも胸アツすぎる鮮やかな救出劇には、その前の逃亡にも納得せざるを得なかった。

 

 バトル漫画で主人公が退却するのは、そう頻繁に起きることではない。しかし、それが敢えて描かれるとき、それは勝利に繋げるための布石でもある。あの時の退却があったからこそ結果的に勝つことができた、そう思える展開が後に控えているから面白い。「敗北」をどう描くかには、「勝利」とはどういうことかという哲学が現れているとも言えるだろう。