若狭守護武田氏の本城として大永2年(1522)に第5代元光が築城した。標高168.5メートルの頂上部に主郭(本丸)と二の丸があり、北西と北東の稜線には連続する曲輪群を配置。北西部には畝状竪堀群があるなど西側への防御を密にしており、丹後一色氏を意識していたとみられる。また、北側の山麓には堀に囲まれた居館が設けられていた(居館跡は現在、小浜西組伝統的建造物群保存地区に含まれる)。二の丸の発掘調査では多くの茶器が見つかっており、山上御殿で茶の湯を楽しんでいたと想像される。関ヶ原の合戦後、新たな領主となった京極高次が慶長6年(1601)に小浜城の築城を始めると、後瀬山城は廃城となった。国指定史跡